第5章 Calling You
「ジャーン!」
誇らしげに左腕をかざしてみせた沙羅に、ウルキオラは小さく目を見開いた。
「副隊長になったのか?」
「うん。昨日任官式を終えて、正式に着任しました」
まだ慣れない肩書に気恥ずかしそうに肩をすくめるその左腕には、真新しい副官章が括られている。
「……よかったな」
「ありがとう。――あ、それからこれ」
嬉しそうに微笑んだ彼女が差しだした包みからは甘い香りがもれていて、ウルキオラは先日覚えたばかりの単語を口にした。
「“まふぃん”か?」
「ううん、前にあげたのとは違うよ。今回はね、ガトーショコラ」
「がとーしょこら」
「そう」
耳慣れない単語をそのまま繰り返して包みを開ければ、確かに前回とは異なる甘い香りが鼻をついた。
「……焦げてるぞ、これ」
いかにも身体を害しそうな色に顔をしかめると沙羅はけらけらと笑った。
「そういうものなの! 大丈夫、焦げてないから」
半信半疑でかじってみれば、しっとりとした食感とともにほどよい甘さが口内に広がる。
「……美味い」
「それはよかった」
ふわりと笑う沙羅にそれ以上はなにも告げず、ウルキオラは無言でガトーショコラを一切れ平らげた。ふたりが並ぶ桜のてっぺんを心地良い春風が吹き抜け、カカオの甘い香りを散らしてゆく。
「おまえはこういうものを作るのが得意なのか?」
二切れ目に手を伸ばして問いかけるウルキオラに、沙羅はうーんと首を捻った。
「得意っていうのかわからないけど――作ること自体は好き。いろんな材料を組み合わせて、そこからまったく新しいものが生まれるのが楽しくて」
そう語る沙羅は本当に楽しそうだ。
「料理はね、生き物みたいなの。ちょっとした工夫を施したり一手間入れるだけで、全然別の味になったりするんだよ」
「……そうか」
そこまで言ってつまらないことを話してしまったかと不安げに隣を仰いだ沙羅は、ウルキオラの顔を見てほっとした。見上げた先の彼は、とても穏やかな表情を浮かべていてくれたから。