第5章 Calling You
犬猿の仲の三席の仲裁に入る沙羅を満足げに見つめて、乱菊は隣の浮竹に顔を向けた。
「よかったですね。沙羅が決意を固めてくれて」
「ん、ああ――だが驚いたよ。俺はてっきり松本が背中を押してくれたものだと思っていたんだが」
「いいえ? 私はなにも。少し前に相談は受けましたけど、あのときはあの子まだ悩んでる様子でしたし――」
そう言って沙羅に視線を戻すと、一点の曇りもない晴れ晴れとした笑顔で隊士たちから祝福を受けている。
「このところやけに機嫌がいいし……なにかいいことでもあったのかしら」
「かもしれないな。なんにしても喜ばしいことだよ。沙羅が笑っていると皆も安心する」
隊士たちを見守る浮竹の口元にもまた、小さな笑みが浮かんでいた。
多くの隊士が彼女を副隊長に推薦したその理由が、屈託のないその笑顔にあると言ったら彼女はどう思うだろうか。
『そんなものは私の力でもなんともない』
そう憤慨するだろうか。
けれどそこには確かに力があるのだ。人の心を惹きつけ、包みこみ、安らぎを与える力が。
それは単に造形の美からなされるものではない。彼女の持って生まれた優しい心根と、仲間を想う気持ちとから生まれた、言わば沙羅本来の気質。
ゆえに鍛錬によって習得することは不可能であり、その事実が沙羅の存在をことさら確固たるものにしていた。
「……まあ、本人はさっぱり自覚してないんでしょうけどね」
呆れ顔で肩をすくめて乱菊は言った。
沙羅はまだ気づいていない。
その笑顔が、遠い日の元副隊長のそれをとうに凌駕し、隊士たちを支えつづけているということに。
沙羅はまだ気づいていない。
その笑顔が、人の心のみならず、人ならざる者の心までつかみかけているということに――
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