第12章 Remember
『沙羅……』
一瞬声に応えてくれたのかと思ったが、次に続いた言葉ですぐにそうではないとわかった。
『死ぬな……沙羅……』
ああ……
また、あのときの――
鋭い痛みが胸を襲う。
「くっ……!」
心臓の辺りを押さえて呻いていると、がくんと体から力が抜けた。抗う術もなく後ろに倒れこむ。
だが覚悟していた衝撃は訪れなかった。瞼を開いて、自分が誰かの腕に抱きとめられていることに気づいた。
「あな、たは……」
白い世界が次第に色を取り戻していく。
光と影が舞い降りて、世界の輪郭を描いてゆく。
そしてその中で最も近くにあったその色に沙羅は目を奪われた。
それは
哀しそうに細められた
翡翠の瞳。
ああ そうだ
どうして忘れていたんだろう
こんなに大切な人だったのに
『また俺を……ひとりにするのか? 俺を置いて逝くのか……?』
「シオ……ンっ」
彼が自分に対して一番始めに名乗った名前を呼ぼうとして、うまく声が出ないことに気づいた。手を伸ばそうにも力が入らない。
『おまえと逢えて、やっと……やっと護るものができたのに……』
自分を抱く腕がかたかたと震えている。
……泣いているの?
ごめん。ごめんね。だけど今の私にはもう、その涙を拭ってあげることすらできない。
霞む視界にふわ、と桜の花びらが舞った。彼の背後に、沙羅が知っている姿よりも幾分背丈の低いあの桜の木が映る。
お願い、どうか哀しまないで。
もうあなたの傍にはいられないけど。あなたが好きだったこの桜の下に私は眠るよ。そしてどんなに厳しい寒さに襲われようとも、春が来ればまた綺麗な花を咲かせるから。
だから……またここで逢おうね。
『沙羅――――っ!!』
視界は白く染まり、彼の叫びも遠く彼方へ消えていった。そうして静まり返った空間にたゆたう沙羅の意識の中に、記憶がまるで激流のように押し寄せてきた。
*