第11章 A Gray Cat
「もたついてる暇はないわよ。行きなさい!」
鋭い言葉尻でそう放って、彼女は斬魄刀を解放した。
「唸れ――灰猫」
その呟きと共に刀身が消え、あたりにとてつもない霊圧が立ちこめる。
ずん、と肩にのしかかる高密度の霊圧。護廷隊の席官である彼女の実力をじかに感じながらも、沙羅は瞬歩でこの場を去ることに躊躇していた。
いくら霊力が強かろうと、一度に三体もの巨大虚を相手になんて――
灰と化した刃で二体の虚の攻撃を捌いている女隊士に、残りの一体の牙が迫る。それが今にもその柔肌に食いこみそうになったところで沙羅はとうとう瞬歩を使った。
「な……」
女隊士の背後すれすれまで迫った黒い牙を、沙羅の斬魄刀ががっちりと抑えていた。
「なにしてんのよ! 早く――」
「……行けません。今ここで私が逃げたら、あなたがどうなるかぐらいわかります!」
「だからってあんたが残ったってどうしようもないのよ! いいから早く逃げなさい!」
「できません!!」
ひときわ高い声で言い放ち、沙羅は虚の牙を弾き返した。
「私は流魂街のみんなの暮らしを虚から護りたくて、死神になると決めたんです。その虚が目の前にいるのに、私ひとり逃げることなんてできません!」
一切の恐れのない眼差しで言い切った沙羅に女隊士は目を見開いた。そして激昂して再び喰らいかかってきた虚に向かって果敢に撃ちこんでいく後姿を見て、小さく吐息をもらす。
「あんたって……頭が固いんだかばかなんだか」
「それ、どっちも褒めてませんよね?」
ギリギリと牙を受けとめている沙羅に笑みをこぼして、彼女は颯爽と鮮やかな金髪をなびかせた。
「こっちの二匹片づけてすぐに加勢するわ。それまで意地でも持ちこたえなさいよ!」
「はい!」