第9章 相互理解には程遠い【白山吉光、歌仙兼定】
厨房に来てくださいと鯰尾に呼び出されたのは、その数日後であった。
「こっちですよー、ここから覗いてみてください」
鯰尾に示されたのは、厨房に面した小窓だ。
近くに寄ると話し声も聞こえてくる。
どうやら歌仙が小豆を炊いていて、その匂いにつられて彩鴇が厨房に来たようだ。
「さあ、いらないのかい?」
「お、お菓子を使うなんて卑怯よ!……ほしいに決まってるじゃない!」
加えて歌仙は、彩鴇に何やら迫っている。
「じゃあ、仕事に没頭するのはやめて、ちゃんと夕飯時に食堂に来ること。守れなければ、主の分の練り切りは作らないからね」
「あと少しなの!もうちょっとで新しい術式ができそうなのよ」
「返事は?」
食い下がった彩鴇を歌仙はぴしゃりと跳ね除け、問答無用の姿勢だ。
「むぅー、…………はい……」
長い間を置いて返答した彩鴇はしおしおと項垂れていた。
その様子を隠れて見ていた鯰尾が隣の白山に目配せする。
「ほらね、あんな風に胃袋を掴まれちゃってますから、主は頭が上がらないんです」
確かにこれは、検索したどの重大事例にも当てはまらない。
暴力、暴言が振るわれているわけでも、尊厳が傷つけられているわけでもないからだ。
認識を改める必要があるだろう。
審神者・彩鴇と初期刀・歌仙兼定は不仲ではない。
正反対の思考ゆえに衝突が多いが、互いをよく信頼する証左である。
周囲も承知の上であり、悪影響はないと判じる。
「このような形でも良いのですね」
政府への報告を終えた白山は、西の空に沈みかかった夕日に目を細めた。