第1章 朝霧
湯気のたつマグカップを両手で包み、朝霧のかかった街並みを窓越しに見下ろす。
小さなベッドのシーツはシワシワ、掛け布団なんか横向きで。
このベッドへ倒れこむように重なり求めあった時間は胸疼かせ、そして名残を惜しみ、最後に寂しくなる。
寝顔まで整ってるんだね。掛け布団から足が飛び出していても、あなたは私の中で一番なんだよ。たとえ、誰かのものでも。最後に夢を見させてくれて、
「ありがとう」
小さく呟いてベッドに腰掛けてコーヒーを一口、ほろ苦くていい香りが広がってため息をひとつ。
すると、「おはよう」と背中に低い声が聞こえて手の中にあったマグカップを取られてしまう。
「おはよう、光秀さん。朝ごはんを……あ、すぐ帰るのかな、心配してるよね」
あなたはリングを交わし合った人の元へ、帰るんだった。一晩帰らないなんてよほど心配しているはず。
彼がふっと笑うのを不思議な気持ちで聞いている私に、
「心配してくれる人などいない。見捨てられた男にはな」
自分を笑うように、彼はコーヒーを飲む。
「見捨てられた、って」
(何があったの)
「フィアンセは事故に遭って亡くなった。式も間近に迫ったときのことだ。それから俺は彼女を連れ去った神や仏を呪い、もちろん俺自身をも同じように呪った。助けてやれなかったことが悔やまれてならかったんだ。幻を追って後ろばかり見て、何も手につかなかった。に会うまではな」
ーわたし、何も、知らなかった……ー
背負ってきたものを思うと切なくて苦しくて。すぐに言葉に出せなくて。
それを乗り越えた彼の強い思いに涙がこぼれだす。
「俺の代わりに泣いてくれるのか」
自然と握り合った手に力を込め
「……昨日の返事をしていなかったな」
ゆるく瞬きをして、微笑んで。
「俺は、のことが好きではない、大好きでもない。
……愛しているんだよ」
おしまい。