第5章 ※過去と傷と、白と黒と
彼女には、勿体ない事をした。などと冗談めかして話したが。私の中に後悔など いちミリも無かった。
彼のあの時の表情を思い出す。
おそらくは…私が簡単に首を縦に振ると確信していたのだろう。
あの溢れる自信が、父親の七光りや 自身の貯蓄などから来ているのだと知って
私の彼への印象はより最悪な物になった。
「おーいエリ。お前○○社の総務へのツテ探してたよな」
話しかけて来たのは、私の同期。同じ部署に配属されてから、ずっと切磋琢磨してきた大切な仲間だ。
『そうそう!出来れば少しでも面識持っておきたいんだよね。その方が今の案件もやりやすくって』
「ちょうど良かった!俺今日、そこの総務部長と飲みなんだわ。お前付き合えよ」
『え!?いいの!?絶対行く!』
思わぬ棚ぼたに、思わず彼と距離を詰める。
「おー。言っとくけど、ただ酌させる為にお前連れて行くわけじゃねーから。
しっかり会社の利益に繋げろよー?」
『任せてよ!』
私が、メラメラと仕事欲を燃やしている影で確実な悪意が私に向けられている事など。今の私は知る由もなかった。
『ん、あれ?香水変えた?』
ふわりと軽く香ったそれに、私は深く考えず その言葉を口にしていた。
「さすが!鼻が効く奴。これ俺の好きなブランドの新製品でな」
『うん、強過ぎなくて良い匂い。いいなー。私も欲しいかも…』
「残念!俺も苦労して、やっと海外から取り寄せた超レアもんだからなー。簡単には手に入らないぜ?」
そんな他愛のない会話をしながら、私達はすぐに各々の仕事に取り掛かる準備を始めた。