第29章 別れと髪と、湯と理性と
『…ふふ、』
「な…なんで笑うんだよ」
『だって…あはは、こんなの別にどうって事ないのに、』
どうって事ない。
その言葉の意味を考える。
セツナに乱暴されて、体を奪われる事が、彼女にとってはどうでもない事だと言うのか。
「…アンタ、もっと自分の体大切にしろよ」
自分でも驚くくらい低い声が出た。どうしてここまで腹が立つのか、自分の心が分からない。
『あ、ごめん、違うの!』
「もういい。先に上がる」
俺は一足先に温泉から出るために、湯船の外に足を踏み出した。
『待ってシカマルく』
エリが俺の腕を掴んで、軽い力で引く。しかし濡れた床は、予想外に踏ん張りがきかなかった。
「っ、ちょ待っ」
『え』
つるりと足の裏が地面から離れて。
俺は温泉の中へ見事にダイブした。
ざっばーんと派手な音を立てて俺は再び湯船の中へ。別に少しも痛くないし、もちろん怪我もないのだが…ただ、
背中に、とてつもなく柔らかい感触が…
『シカマル君聞いて!言い方がややこしかったかもしれないけど、私セツナにはこれ以上の事されてないの!
ただ、はたけさんを怒らせるために嫌がらせされただけで…
だから、キスマークはたくさん付けられたけど 特にそれ以外は乱暴されてないって言うか…』
温泉に落下する俺を、なんとか受け止めようと彼女は抱き止めたのだ。そしてそのままの格好で長々と話し続ける。
俺はただただ、肌と肌が触れ合う背中に 全神経を集中させていた。
『き、聞いてるシカマル君…?
あれ、顔真っ赤…。そういえば、先に上がりたいって言ってたっけ!
もしかして、のぼせそう!?
もう上がろうか』
「…いや、俺は…
しばらく、上がれないわ…」ぶくぶく…
なぜ上がる事が出来ないかは、諸事情により。