第29章 別れと髪と、湯と理性と
俺は一足先に服を脱いで、腰にタオルを巻き付けて湯に浸かる。
気持ち良いとか、いい温度だ。とか感じるより早く、大岩の後ろ側に移動する。
そこに到着して、初めて俺は肩まで湯に浸かる。
自分で思っていたより、疲れが溜まっていたのかもしれない。温泉による癒しは効果覿面で、心地良さから自然と溜息が出た。
『シカマルくーん!入るよー』
どうしてわざわざ宣言する…
別に自分では意識していないのに、耳に神経を集中させてしまう。
ヒタヒタと裸足で地面を歩く音とか、湯に足先をつけた水音とか。なんだかその全てが生々しく聞こえてしまう。
『…はぁ…沁みるねぇ…』
「…なんだその年寄り臭い感想は」
『あー酷い…シカマル君に言われたくないなぁ』
俺たちは互いに、岩に背を向けて会話する。意外と声が近くから聞こえて緊張した。
ヒラヒラと、頭上から桜の花弁が舞い降りる。きっと彼女の上にも同じように降ってきている事だろう。
ゆらゆらと湯船に浮かぶ花弁をなんとなく手ですくってみる。
『シカマル君見て!ほら、ひらひら花びらが降ってくるんだー。綺麗だねぇ』
「…見てる」
桜にはしゃぐエリを見ていてふと思った。
彼女は、最初からこんなにも明るい人物だっただろうか。
俺は必死に記憶の糸を手繰る。
たしか、初めて会ったのは…そうだ。カカシの家の玄関の前。
正体を隠したミナトに攫われそうになるのを俺が阻止しようとした。
まぁ、結局は誘拐されたわけだが…。
その時は、もっと落ち着いてて暗い印象だった気がする…。
「アンタ、なんか変わったか?」
『え?』
俺は、気が付いたら思った事を口にしていた。