第1章 香雨降りて待ち人想う
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じわりと汗ばむ程の日本晴れ。
『こんな日は洗濯物と干し野菜の仕上がりが上出来で、嫁たちが喜ぶだろう』と、男は暢気にそんな事を思う。
輝石をあしらった派手な額当てを僅かに押し上げ、彼は陽光の眩しさに目を細めた。
「よっ、と」
軽い掛け声の次には、塀へと一足飛びに易々と乗り移る。そのまま男は家主を探しに意気揚々と歩き出す。
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少し歩くと、縁側で一人座禅を組み、厳かに瞑想を行う男を見つける。その姿を目に止めると、男はスッと気配を消し、館の屋根の方へと飛び移る。そのまま彼は家主の真上の位置まで移動する。
この一連の流れの中で、男は物音をひとつも立てず動いており、音という存在が殺されているかのように感じられる。
家主も、睫毛一本微動だにせず仏像の如く目を瞑り続けていた。その姿は一見すれば静謐で霊験あらたかな僧侶にでも映るのだろう。
徐ろに男は背中に手を伸ばし、背負っていた二つの打ち物──────木刀に手を掛ける。すらりと背から抜き取ると、静かに構えて体勢を整えた。
と、瞬く間に男は跳躍し、家主の男目掛けて打ち物を振り下ろしていく。背後と真上からの音も無い突然の攻撃が、彼へと襲い掛かる。