第1章 【R18】仮初め《昌平君×李牧》
「今のは冗談です。忘れてください。」
ふと我に返った李牧は、何事もなかったように言った。
「次に会う時も、貴方と私は敵同士。これまでと同じです。
そしてこれは…伝えなくても良いことですが、私は、貴方の頭の良さを尊敬しています。
できれば敵対する相手ではなく、共闘する相手として出会いたかった…と思います。
しかし、やはり、現実は現実です。
今は敵国の立場ですので、軽々しく不用意な発言はできませんが、同じく国の命運を握る者として、ある意味、貴方の武運を祈っていますよ。
秦国軍総司令・昌平君!
それでは、私は戻りますので。」
李牧は、いつもの調子で、嫌味なくサラリと言って、昌平君に背を向けた。
「待て」
その時、これまで李牧から視線を逸らすことなく、黙って話を聞いていた昌平君は呼び止めた。
李牧は踵を返すことなく、質問する。
「私に、何か用がありますか?」
「軍総司令である前に、私も1人の男だ。」
今度は、李牧が少し戸惑う。
「どういう意味ですか?」
李牧が振り向こうとしたその瞬間、昌平君は李牧を寝台へ押し倒した。
「敵国であるとか、立場があるとか、今は忘れろ。」
昌平君が、囁くように低い声を響かせる。
なぎ倒されたまま、驚きに目を見開く李牧。
「この場に、理由や理屈は必要ない。
多くを言わなくても、分かるはずだ。」
昌平君の唇は、李牧のすぐ耳元まで迫っている。
自分で蒔いた種とはいえ、まさかこんな展開になるとは…正直、李牧は想像もしていなかった。
計算して、こうなるように仕向けた訳ではない。
秦国と趙国の、今後の結果や戦果に何ら関係が及ばないことも理解している。
ましてや断じて、趣味の世界ではない。
これらは全て、偶発的な結果に過ぎない。
ここで足を止めることに、互いに何の利があるのだろうか。
李牧は一瞬、思考を巡らせたが、左の耳元に昌平君の荒々しい吐息を感じると、力で抵抗することなく、素直に受け入れた。
「いいでしょう、今は全てを忘れます。」
昌平君が言うように、今、理由や理屈は必要ない。
国も、戦略も、立場も、役職も、性別も、すべて関係ない。
今、ここにあるのは生物としての本能。
互いを求める、2つの身体だけだ。
李牧は、静かに目を閉じ、されるがまま、昌平君に身を預けた。