第1章 【R18】仮初め《昌平君×李牧》
「あなたとは、いずれ、命を懸けて向き合う日が来るでしょう。
長くこの仕事に携わっていると、時折、様々に複雑な想いが交錯することがありますが、あなたと私はそういう星の下に生まれた…ただそれだけのことです。
これは、神が決めた、生まれながらの運命(さだめ)だったのでしょう。」
見透かすように、李牧は言った。
「俺は不確かなものは信じていないが、その神とやらがいなかったら、こうして、ともに一夜を過ごすこともなかった…な。
皮肉な演出だ…」
昌平君は、苦笑する。
「そうですね。今こうして、あなたと私が巡り合わせていること…人生とは、実に不思議なものです。」
続ける李牧。
この時、同じように感じていた昌平君だが、それは言葉にしなかった。
李牧が向けた微笑みが、あまりに綺麗で、言葉にできなかったのだ。
実に綺麗な、一瞬の微笑みを、目に焼き付けることで精一杯だった。
昌平君は静かに瞳を閉じる。
不思議な一夜を過ごしたのは、紛れもない真実だ。
かゆいところに手が届くような、
ポッカリと心に空いた穴が満ちていくような、
皮膚が溶け、肉体は朽ち、精神が土に還っていくような、本当に不思議な夜だった。
一言で済ますなら、似た者同士の傷の舐め合い、ただそれだけのことなのかもしれないが、昌平君にとっては、生涯忘れることのできない時を紡いだ夜。
例えそれが、淡く、儚い、泡沫の思い出だとしても、不実な夢を愛した一夜なのだ。
ここで感傷的になるのはナンセンスだ。
自分らしくない…と、深く深呼吸をしてから、昌平君は瞳を開く。
身支度を終えた李牧が、そこに居た。
「それでは、私は行きますので。」
凛と静まり返る。
「あぁ、気をつけていけ。」
囁くように、低い声が響く。
「お達者で。」
李牧は背を向け、昌平君の部屋を出ていった。
昌平君は、自分自身も身支度を整えるために、立ち上がった。
プチン…と、何かが弾ける音が聞こえた。
ふと、身体が軽くなる。
夢は夢で、変わらない。
今、秦国王を支える自分に課せられた責務は、忠告を受け入れることでもなければ、思い出に浸ることでもない。
目的の達成に向けて、信じた目の前の道を全うすることだ。
切れ長の鋭い瞳の中に、中華の明日の姿が映っている。
◆◆◆END◆◆◆
