第1章 【R18】仮初め《昌平君×李牧》
「やめてください!
夢か現か、戯れの時間はおしまいです!」
前を向いたまま、キッパリと断る李牧。
その表情に曇りはなく、昨夜の虚さは微塵も感じさせない。
眼元には鋭い眼光を取り戻し、立場を背負う国の要人としての顔つきになっていた。
李牧の右背後から、腰を屈めていた昌平君は、体温を重ねる直前で体勢を立て直した。
「もう行くのか?」
下裳と襦袢を軽く身に纏った昌平君は、寝台に腰掛け、李牧に問う。
「思いがけず、ここで長い時間を過ごしてしまいました。さすがに部下たちが心配していると思います。
これ以上、私がここに居れば、いずれは側近や護衛たちが騒ぎ出し、貴方にも疑いの目が向けらることは明白でしょう。」
「…そうか。」
「それと…
今、ここで、首に内出血ができてしまったら、私は貴方の粋な気遣いに感謝できなくなってしまいますからね。」
そう言って、李牧は魔性の微笑みを向けた。
「素敵な一夜を、ありがとうございました。」
「……」
昌平君は押し黙った。
内出血を作る気なんて毛頭なかったし、ただの挨拶代わりのつもりだった。
弁明しようかと思ったが、何となく言葉が出てこなかった。
やはり、小憎たらしい男だと感じる。
「情はいらない。
国に戻ったら、遠慮なくやれ。」
少し間を置いて、昌平君は言葉を捻り出した。
李牧は、少し意外そうな顔をした。
「私は、始めからそのつもりです。情はありません。あなた方•秦国の脅威から、正々堂々と生まれ故郷を守るのみです。
しかし…
あなたから、そのような忠告があるとは、少々驚きましたよ。
私と同様、あなたの双肩にも、幾重の課題がのしかかっていることでしょう。
私の心配よりも、まずはご自分のことを、大切に考えてください。」
「あぁ、それもそうだな。」
昌平君は、今度は何故か素直に返答できた。
魔力を持った言葉がストンと自分の中に落ちたからなのか、あるいはもうずっと、自分自身がこの男の魔力にコントロールされてしまっているからなのか、分からない。
分かっているのは、この男も、自分自身も、昨日までの日常に帰っていくということ。
激しいほどに、体温と痛みを分かち合った、この仮初めの一夜は、なかったことになるということだけだ。