第40章 伝えられない真実『前編』❥徳川家康
「...俺は、優しくなんかない。」
気づいたら声が滑り出ていた。
女は静かに目を見開く。
「これまで、色んな人を憎んで来た俺が....優しいはずなんてない。」
唇を噛みしめて言う。
その女は黙って聞いていた。
「俺はいつも、人を憎んで生きてきた。それは自分でも分かっているつもりだ。あんたの知らない俺だってたくさん居る。だから、そんな俺に優しいなんて感情を抱くことすら....」
(...間違ってる。)
そう言おうとしたときだった。
「違います、」
小さな声で女が返してきたのだ。
「え、」
まさか否定の言葉がくると思っていなかった
俺は思わず聞き返す。
すると女は伏し目で、躊躇いがちに口を開いた。
「家康さんが、過去に何があったのかは私には分かりません。だけど..家康さんが今私に優しくしてくれているのは事実です。私は、今目に見えている情報だけを...信じます。」
(....)
何故か、その言葉で何か心の中のつっかえが取れた気がした。
これまで俺を認めてくれたものなんていなかった。
いつも向けられる目線は憎悪ばかり。
「...あんた、名前は?」
するりと滑り出てきた言葉。
なぜ名前を聞いたのかは分からない。
だけどここで繋ぎ止めておかなければならない気がした。
「!」
その女は驚いた顔をするが、ひとつ笑みを浮かべた。
「... 華、華と言います」
(... 華)
心の中でその名前を反芻する。
それとともに温かい何かが自分の中に溢れてきて...
俺は人知らず微笑んだ。
「...じゃあ、私行きますね、」
少しの沈黙のあと。
その女... 華がそっと俺に背を向けた。
「...あぁ。」
俺もひとつ返事をする。
そして女はもう一度だけ振り返ってこちらに微笑みかけると、塀の外へと消えていった。
(... 華、か。)
誰もいなくなった庭園でひとり考える。
そして、やっぱり自分はこの子を助けるために...
見たこともないような、綺麗な花を作ろうと、心に決めた。
そうして庭園に注がれる視線が。
これまでの数倍も柔らかくなっていることに、俺は気づかなかった。