第29章 瞳を閉じて、こっちに来て。❥豊臣秀吉
女に連れられた場所は、茶屋だった。
「さあ、秀吉様、腹を割って話してください。」
「腹を割るも何も、俺には好きな女がいる。それだけだ。」
諦めさせるように少し強めに言う。
だがその女は意外にも突っかかってきた。
「っ、でもその方は秀吉様に好意を寄せていないんでしょう!?なら...っ」
「いや、違うな。」
俺はその言葉を途中で遮る。
(確かに好意を向けられてないのは事実だ。だけど、それで諦めるわけにはいかない。絶対に華を振り向かせてみせる。)
そこまで思ったときにはたと気づく。
(もしかしたら、この町娘も俺と同じ気持ちなのかもしれない。)
相手が自分に好意を寄せていないとしても、諦めないでその人に接し続ける。
その考えは、俺と同じなのかと。
そう思った俺は少しだけ考え方を変えた。
(もし、この町娘が俺と同じ境遇なら....かける言葉は強い口調の言葉じゃなくて...)
「...俺も、同じだ。」
「え?」
きっと、素直に気持ちを伝えたほうが、この子には届くだろう。
「俺も、好きな奴がいて、そいつのことも諦めたくないと思ってる。それって、俺もお前も一緒じゃないか?」
「っえ...」
その言葉を聞いた町娘は少し驚いた顔をして俺を見つめた。
「だから、お前の気持ちは俺もよく分かる。諦めたくない気持ちも。...だが。俺は、あの子が必要なんだ。」
(素直で、純粋で、鈍感なのに、たまに凄く強くなって俺を包み込んでくれるあの子が。)
「そして、俺が必要としている女がいるように、お前にも必要としている男がいる。きっとそれは...俺じゃない。」
「秀吉様...」
「こんな俺を好いてくれたことはすごく嬉しい。だけど、お前には俺以外にイイ男がいっぱい居るよ。そしてその中で、お前が本当に必要としている男を見つければいい。」
「っ...」
俺がそこまで言い終わると、その町娘は確かに何かが届いた顔で俺を見つめた。
そしてひとつ息を吐くと俺に向き合う。
「....秀吉様のお言葉、すごく、心に響きました。私が必要としている男の方を...私も早く見つけたいです。」
そして今度は何かを決めたしっかりとした瞳で俺を見つめる。