第4章 隙間録~小太郎編~
「ふうまさーん!」
「………」
屋敷から俺の名を呼ぶ雪乃の声が聞こえる。
声の様子からして緊急事態という訳ではなさそうだが、俺はすぐに彼女の前へ姿を現した。
「良かった…いらっしゃったんですね」
「………」
相変わらず無邪気な笑顔を向けてくる彼女。
一体何用かと尋ねれば、「一緒にお茶でもしませんか?」との誘いだった。
断る理由もない俺は、縁側に座る雪乃の隣に腰を下ろす。
数日前までは考えられない行動…俺が他人とこうして肩を並べて茶を飲むなんて。
「今日もいいお天気ですね」
複雑な俺の心境に気付くはずもなく、茶菓子を口に運びながら呑気にそんな事を言っている雪乃。
元々俺に対して警戒心など持っていなかったが、彼女に「己の力を貸す」と伝えてからは更に心を許したようだった。
(俺にはそんな価値など無いというのに…)
生まれた時から俺の運命は決まっていた。
権力を持つ者に支配される操り人形。
命令されれば、略奪も殺人も無慈悲に遂行しなければならない──そんな風に育てられた。
逆らえば殺されるのは自分。
初めて人を殺めた時は何日も体の震えが止まらなかったものだが、繰り返していくうちに自ずと神経は麻痺していった。
…いや、心を殺さなくては任務など遂行出来なかったのだ。
それから俺はしばらく北条家専用の忍となった。
俺を雇っていた北条氏政は今までの雇い主とは少し違い、時々俺の事を孫のように思っていたようだ。
こんな乱世でなければ、何処にでもいる孫を想うただの優しい老人でいられただろう。
そんな北条家も戦に敗れ、氏政も呆気なく戦死した。
その時俺自身も命を落とした…そう思っていたのだが。
次に目を覚ました時、俺は何故か京の都にいた。
自分がどうやってそこまで移動したのかは記憶に無い。
だが再び小田原の地を訪れた時、やはり北条家は滅びた後だった。
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