第2章 思い出さなくても良い思い出もある
鳳仙のいる遊郭の前で阿伏兎と別れてからしばらく。皐月は脇道からひっそりと遊郭内へ潜入していた。そして今、丁度旦那とあの3人がいるであろう真下の部屋の窓際に腰掛けていた。
「………ずいぶん静かだな。」
あの鳳仙を前にして、神威が自身の騒ぐ血を抑え込めるわけがないのだ。大人しい分には何も問題はないが、どうも胸騒ぎがした。嵐の前の静けさのような。
ーーーppppp.
無音の部屋に機械音が鳴った。
「何か動いたか?」
「お疲れ様です、皐月様。ご無事の様で良かった。こちら、只今百華の頭の居場所を割ったのですが…」
それから言い淀んだハルを暫く伺っていたが、言葉にならない音を立て続ける様に痺れを切らした。
「どうした。」
「どうやら、第七師団がやり合ったのは彼女…彼女たちの様です。」
「百華か。」
「いえ、それが……、どうやら地上の者と手を組んだ様で。」
ハル曰く、日輪の子供は、地上から2人の人間をつれて吉原にいた所を百華に捕らえられたという。そこへ助けに入ったもう一人の人間も一緒に。だがその頭、月詠が日輪の命により、子供を逃がそうとした。そこに現れたのが第七師団だったが、子供を奪われながらも逃げきれたらしい。そして今、その子供を取り戻しにこちらへ向かっているという。
「こちらに来られても迷惑だ。上が騒ぎ始めている。3人の人間だけうまく処分なさい。」
いつも彼女の命にはいかなるモノでも即答する彼が、珍しく反応をためらっていた。だが、徐々に大きくなる上の物音に流され、皐月はハルを促す。
「皐月様、その三人のうち一人………侍がいまして。」
「侍?」
それはいるだろう。ここは天人に征服されたと言われても元は侍の国なのだから。殺しの任務なんて皐月もハルも、嫌というほどこなしてきたと言うのに、今更何を躊躇うと言うのか。
「その侍……」
ハルが口を開いたと同時、ついに頭上から爆発音が鳴り響く。その轟音にまじり聞こえた言葉。彼女は過去に、未だ囚われていた事を、再び思い知らされた。
「その侍、銀髪の侍です。間違いありません……坂田銀時です。」