第2章 思い出さなくても良い思い出もある
煌びやかでいて、どこか錆びている街。
妖艶な笑みを浮かべながら男と歩く遊女達の脚には、断ち切れぬ鎖が引きずられている様に見えた。
その中を、時々不躾な視線を感じながら皐月は脇目も振らず歩いていた。
「あれれ? 皐月さん?」
少し離れた背後から、どこか浮ついた声をかけられる。皐月は面倒臭がって裏道を使わなかった事を後悔した。さらに面倒な奴と出くわしてしまった。
歩みを止め、目線だけくれてやる。相変わらず気味の悪い笑みを貼り付けた神威とその部下二人。そして、
「………その子供は土産にでもするつもりか?」
部下の一人、阿伏兎が片腕で抱えているのは、確か日輪がここから連れ出そうとしたあの赤子と言われている子供。そうか、それで先程暴れていたのかと 皐月は勝手に納得した。
「 アンタには関係ない。……余計な事すると、殺しちゃうぞ?」
「君、僕に一度も勝ったことないだろう。」
神威はそれ以上 彼女の言葉に返すことはせず、隣を颯爽と通り過ぎていった。その跡を慌てて声をかけながら、もう一人の部下である云業が小走りで追いかけていく。
「俺たちゃ、今回はなるべく穏便に済ませたいんだ。」
二人を追いかける訳でもなく阿伏兎は 皐月に並んだ。
「君はそう思っていても、あれはそうは思っていなさそうだ。」
「それでも、アンタに首突っ込まれるよりマシだ。アンタは団長のお気に入りだからな。」
こんなところでやり合って時間を無駄にしたくないだろう?と、無言の圧を感じた。彼女からしてみればいっそのことそっちの方が、とも思ったが、阿伏兎の苦労が滲み出た目元をみて、一つ息をついた。
「面倒を起こさなければ何もしない。僕は旦那に用はないしな。」
「お気遣い、痛み入るねぇ。」
ふと阿伏兎の抱えた子供に目をやれば、絶望、恐怖に染まった顔をしていた。最期くらいは楽にいければいい方だろうと、 皐月は思った。