第5章 女は黙って笑顔に花
皐月の震えた声に、銀時の手の力が少し抜ける。
その隙に、彼女は目の前の首筋に顔を埋めた。
「君の隣は、こんなにもあったかいんだ。離れ難くもなるだろう?」
いつもの雰囲気とはかけ離れた彼女に銀時は、自分より一回りも二回りも小さく細い背中に腕を回して、あの日の夜のように抱きしめた。
「このまま、俺があの夜の事を忘れちまえば、お前はここにいられんのか?」
「…そうだな。」
付け焼き刃な返答だとはわかっていても、そう答えずにはいられなかった。どうしても、この腕の外には出たくなかった。
「………ふざけんなよ。」
銀時は、自分の不甲斐なさに怒りを隠せなかった。
目の前のこいつを救ってやれるだけの力が、今の自分にはどこにもある気がしなかった。自然と、皐月を抱きしめる腕に力がこもる。
「一緒にいたいんだ、君と。ただ、それだけなんだ。」
じんわりと湿っていく首筋の感覚に、銀時は血が滲むほど自身の唇を噛み締めた。それに気づいたか否か、皐月は流れるものもそのままに顔をあげる。
「傷になってしまう。そんなに噛んではだめだ。」
銀時、と声をかけながらそっと唇をなぞった手を掴んで、彼は彼女の唇に噛み付いた。銀時は、名前の知らない、このやるせない想いをどこにぶつけたら良いのかわからなかった。
顔を離した後、すっと立ち上がった銀時に、掴まれたままの手を引かれるようにして皐月も立ち上がった。
「銀時?」
声をかけるも、なんの反応もしない銀時。そのまま彼女の手を引いて、街とは反対の方へ歩き出した。
「どこへ行くんだ、銀時。小太郎と晋助が、」
「知らねぇよ、そんなの。……知ったこっちゃねぇんだよ。」
大きな爆発音をたてて花火があがる。
彼らの後ろ姿を見ていたものは、花火と、戻ってきていた二人だけ。