第5章 女は黙って笑顔に花
「ねぇねぇ!あれ買って!ドッキリマンチョコ!!」
騒がしい中で自然と聞こえた子供の声に皐月は目を向けた。
そこには屋台の前で、女性に物をねだる小さい男の子。
女性はそれに呆れた顔をしながらも、出した財布からお金を払い、子供の欲しがっていた物を与えていた。
「何みてんだ?お前もあれ、ほしいの?」
ずっとそちらを見ていた皐月に気がついた銀時。
ドッキリマンチョコなるものが何かも知らない彼女は静かに首を振った。
だが、何を思ったのか。
急に彼女の手を引いて、銀時はその屋台の前まで歩いて行った。
「おいじぃさん、そのドッキリマンチョコ一個くれ。」
あとそのヤクルコもな、と指をさす。
見ず知らずの子供にじぃさん呼ばわりされたのにも関わらず、その店主はニコニコしながら返事をした。
「ほら、はやく払えよ。金持ってんだろ。」
銀時はさも当たり前のように言った。
「僕が買うのか。」
皐月はあまりのことに驚きを通り越した。
「おい坊主。てめぇの女に金出させるたぁ、いい旦那だな。」
二人のやりとりに店主がゲラゲラ笑い始める。
そんな店主から、だろ?と言いながら袋に入った商品を受け取る銀時。二人をそういう風に言ったのは、皐月がお金を出した後にもう一度、銀時が手を繋ぎ直したからであろう。
そうして彼女の手を引いたまま、銀時は川辺の方へ歩き出した。
「お前さ、家族いねぇのか。」
その口調はどこか確信めいていた。
先程、皐月が気にしていたのがドッキリマンチョコではないことに銀時は気づいていた。気づいた上で買わせていた。
「家族というのは、血の繋がった者同士の集まりで合っているか?それならば、記憶にはないな。」
だが自分は生まれてきてここにいるのだから、家族はいるだろうと皐月は答える。
「君には、家族はいるのか?それとも、さっきの女性の様な人とか。」
「……俺にもいねぇよ。」
皐月は、母親という役割がどの様なものかも知らないようだった。だからこそ、先の女性が子供の母であるとも気付けず、ただの"女性"という概念になるのだろう。だが、自身にもその様な人がいなかった為に、胸を張って家族がなんたるか、なんて事は皐月に説明できなかった。