第4章 恋にマニュアル本は必要ない
「皐月よぉ、覚えてるか?十数年ぶりに再会した、あの日のことを。」
皐月は書類を見ているふりをしながら思い出した。
その日は、久々に星を一つ落としてきたせいで血が騒いでいた。
母船に帰ってきて早々アホに呼び出され行ってみれば、一人の地球人の話をされる。地球での商いやらを更にやりやすくする為、手を組んだそうだ。
それが鬼兵隊。高杉晋助だった。
ぺらぺらと話す提督を無視し、部屋の外で待っていたハルも無視して、皐月は母船内を足早に歩く。
向かった先は客船用の船着場。普段見慣れない型の船に、それが鬼兵隊の船である事を確信した。
「君達の総督は船の中か?」
近くにいた三味線を背負う地球人に声を掛けると、癖の強い喋り方で返される。
「晋助でござるか?用があるなら拙者がご案内させて頂こう。」
案外すんなり船へ上げてもらえた皐月は、その地球人に船内の一室に通された。呼んでくるからと、畳の上に座布団を用意して貰ったが、生憎そんな悠長にお話をしに来たわけではない。
暫くすると、廊下を踏む音が遠くから近づいてきた。
ゆったりとした歩みは、彼女のいる部屋の前で止まる。通された時のまま立った状態でいた皐月は後ろへ振り返った。それと同時に、目の前の襖が開かれる。
「絶世の美女が逢いに来たと聞いてくれば、随分な歓迎だな。」
部屋に一歩踏み込んだ瞬間、高杉はその美女に、眉間へ傘の石突を突きつけられた。
「……そうか。お前さん、夜兎だったか。」
「春雨とは関わるな。あの星で大人しく寝ていろ。」
「そりゃできない相談だ。だがまた随分と、いい女になったな。」
皐月、と名を呼びながら紫煙を吹き出す高杉は、まるで銃口を向けられている者の様子ではない。しかし、彼女が感じた一番の違和感はそれではなかった。
目の前の男からは、嫌悪や恨みの念を感じない。
高杉と皐月が最後に直接会ったのは、彼らがまだ戦争に参加する前の事だったが、その戦争で、皐月は銀時に散々な事をしている。てっきり話をされていると思っていた彼女は少しだけ眉をひそめた。