第2章 思い出さなくても良い思い出もある
皐月はハルと別れた後、日輪と子供が逃げていった方へと向かった。
長い廊下を進んでしばらくすると争った形跡が色濃く残った場所へ出た。襖という襖に刀痕が残っている。
だが既に戦場は移動しているらしい。ぱっと見た様子ではだれもいないが、微かに人間の気配を感じた。
「吉原の太陽は、この様な場所でも輝けるのだな。」
階段の影に座り込む日輪。初めて間近でみる彼女の美しさに、太陽たる由縁を感じた。
「だ、誰だい?鳳仙の回し者か?」
慌てている様子の彼女に皐月は敵意をない事を示すため、目線を合わせる様に跪いた。
「悪い様にはしないと約束する。僕と一緒に来ていただきたい。」
日輪は長い事鳳仙と共にいた為、目の前にいる女がただの人間ではなく、夜兎であるとすぐに気づいただろう。訝しげにこちらを見ていたが、一応従おうということか、首を振って了承した。
それを見たがすぐ、皐月は一言かけたのち、番傘と一緒に日輪を横抱きにした。
「どこへ連れてくつもりだい?」
逃げてきた道を戻っているのだから不信にも思うだろう。日輪は自分を抱える女を見上げて詮索してみるが、作られた様に美しく無表情なそれからはなにも感じとる事は出来なかった。
「あんたも鳳仙と同じ夜兎ならわかるでしょ。あたしを今更連れていったところでもう治りゃしないよあの人は。」
どうやら日輪は、自身を連れて行く理由を、あの争いを止める為だと思っているらしい。皐月は前を見つめたまま、表情を変えずに言った。
「旦那に、太陽を見せてやって欲しいんだ。」
日輪は目を張った。
そして突然、遊郭が大きく揺れ出す。
「まさか、こんな幕切れは予想していなかったな。」
廊下の先が徐々に眩しい光で白くとんでいく。
その光景に、日輪の表情がやっと緩まった様に感じた。
「吉原の太陽である貴方に頼むのは申し訳ないのだが、両手が塞がってしまっていて傘がさせないんだ。すまないが、それをさしては頂けないだろうか。」
皐月は目線だけで、彼女と一緒に収まっているものを指した。日輪はそれを手に取ると黙って静かに開いたのだった。