第2章 思い出さなくても良い思い出もある
「……俺は所詮地球人ですが、難しいです。あの子供も、侍なのでしょうか。」
血の繋がらない女を母と呼び、足を震わせながら二度と歩けない足を持つ日輪を背負って、戦う力もないのに抗おうとしている。
守られていただけの存在が、強大なものに立ち向かっている。
「皐月様は……侍になりたいのですか?」
「………どうだろうな。」
戦う事にこれだけ長けた戦闘部族と、脆弱な肉体に鋼の魂をもつ侍。どちらが強いかなんて最初から皐月はわかっていたはずだ。彼らが、彼がそれを守るには力が足りないことも良く知っていたはずだった。
「………………?」
死んだはずの銀時が身動いだ気がして、目を凝らすが、すぐに大勢の人間の気配を感じてハルと二人、目を見開いた。
「百華が…どうして。」
ハルの呟きに同じことを思う皐月。旦那の頭上を囲むように立つ彼女たちもまた、銀時と同じ目をしている。
百華の頭である月詠が、倒れている銀時に向かってクナイを投げると、死んでいたと思っていた彼はあっさり片手でそれを受け止めた。
「彼、まだ生きていたのか……」
どこか感心したような声を上げるハルに、皐月は隣で思い出していた。
何度引き止めようとも止まらない、何度潰してしまおうとしても、立ち上がる。いっそ壊してしまおうとしたその魂も、まだ彼は持っていると言うのか……。
だが、いくら多勢で襲いかかろうとも相手はあの夜王鳳仙。敵うのだろうか…、あのぼろぼろの体を引きずって、銀時はこの鎖を断ち切れるのだろうか。
襲いかかる銀時と月詠、そして百華の者たち。
しかし、それを物ともせず吹き飛ばしていく鳳仙。
「…このままでは彼らまた死んでしまいます。加勢しましょう。皐月様が入れば形勢が変わるのは確実。上には第七師団を上手く使って報告すれば良いのです。彼らもその方が好都合だ。」
ハルは自身の腰に下げている細身の刀を撫でながら、皐月に連れ出された時のことを思い出す。ただ言われるがまま、無心に生きていた自分に世界を見せてくれた。まだ知らない事がたくさんある、この人の隣にいれば、それを知ることができる気がした。
なにより、何も映していない様に見えるその瞳が、誰よりも優しい事をハルは知っている。
もう、皐月にあんな顔はさせたくなかった。