第2章 思い出さなくても良い思い出もある
「皐月様。旦那と銀髪が揃いました。第七師団団長、日輪と子供も一緒です。中央回廊です。いかがしますか。」
ーーー最悪のタイミングだ。
考えている暇も、目の前の男に構っている暇もない。
すぐに向かうことを一方的に告げて、皐月は阿伏兎に一瞥もくれることなく走り出した。
「あっ、皐月様!」
「遅くなったな……っ!」
遊郭中心にある廊下最上部から下を見下ろす。
向かい側の廊下の一部が崩壊し、夜王を象徴するように建てられた兎の背に神威が腰掛け、その視線の先には土埃舞い、ここからでは丁度様子がわからない。
徐々にはれていく視界に、木の柵が軋むほど手に力を込めて皐月は見入った。
だが、抜けた壁に埋まるよう倒れた銀時を見て、彼女の頭は一瞬真っ白になった。
「皐月様、皐月さまっ」
目を張ったまま固まる皐月の肩をハルが揺する。その衝撃と、下から聞こえた銀時を呼ぶ声にはっと、意識を取り戻す。
「……申し訳ありません。」
「いや、君のせいではないだろう。……僕が、あの時向かう先を間違えたようだ。」
無表情に見えるが、長い付き合いであるハルには読み取れてしまった。彼女は銀髪が旦那に殺されてしまったことに動揺している。当たり前だ。だって、皐月様は、今まで……
神威に声をかけられ、子供は銀時の方へ顔を向けると、日輪の方へ走っていった。
「皐月様、何故あの侍は、昨日今日会ったような人間の為に死ねるのでしょうか。」
普段、星を潰す為に罪も何もない者の命を奪うことを罪とも思わない皐月が、宇宙を渡っている途中、地球の前を通るとその星が見えなくなるまで窓の側から離れない。数ヶ月前、地球人で構成された鬼兵隊と春雨が手を結ぶことを決めた時も、相手の隊の総督にかなりの事を言っていた。
その時、自身と出会うかなり昔、長らく地球へ任務に出ていたこと、あの人と三人の侍の話を聞いた。
「……侍という地球人は、夜兎とは違う。血に従って戦う僕らとは違う。」
彼らはいつだって、身中を貫くものを守る為に戦っている。
それを侍は"魂"と呼ぶ事を、皐月は銀時に教えてもらったのだ。