第12章 夕顔
ハルは困り果てていた。
銀時が夜に来なくなってからというもの。彼女がうんともすんとも言わなくなってしまったのだ。
寝ているのか、ご飯は食べているのか、そんなことすら同じ屋根の下にいるにも関わらず分からなかった。
今の彼女はどう見ても屍のようだった。
ある日を境に、どこか様子のおかしかった皐月。たしか銀時と珍しく飲みに出かけると言っていた日の様な気がする。帰ってきた彼女の顔が、どこか辛そうに見えて、声をかけられなかったのをよく覚えていた。
……だが、このままでいいはずないのだ。
ハルは一生懸命、彼女が興味の引かれそうな、元気になれそうなことを考えた。しかし、普段から陽の下を嫌がって外に出ようとしない彼女の好きなモノなど、ハルには銀時しか思い浮かばなかった。
だがその彼と会わない、と皐月はいう。
彼と同じくらい好きなものなんて、彼女にはきっとないだろう。
それでも諦めずに、うんうんと唸りながら考える。
その時、ふと彼女が毎晩手に持つ煙管を思い出した。
その煙管が高杉のものである事は知っていた。直接聞いた訳ではないが、ハルと高杉は面識がある。彼が煙管を吹かしている所は何度も見ていた。
どの様な経路で渡されたかまでは知らないが、もしかしたらそれで、と一つ案を思いついたハルは、一人町へ買い物に出かけた。
陽が落ちてきた夕方。
皐月の部屋の襖の外から、ハルに声をかけられた。
聞こえてはいる。だが、声を出そうとしてもお腹に力が入らず発声ができない。そんな日々が続いていた。
ハルも返事が返ってくるとは思っていなかったのだろう。入ります、と言ってから少し経ったのちに襖を開けた。
「皐月様、お隣失礼しますね。」
部屋へ入ってきたハルも、皐月が座る縁側に声をかけてから腰掛ける。
「先程、町へ買い物に行って来まして。貰っていましたお小遣いを初めて使わさせていただきました。」
そう言いながら、彼女の膝の上にハルは買ってきたものをのせた。
「………これは、」
思わずでた言葉。
かすれて聞こえるか、聞こえないかくらいの小さなものだったが、ハルは飛び上がりそうなほど嬉しかった。
「煙管があるのに、吸うものがなかったなぁと思いまして。良かったら、使ってください。」