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夕顔

第2章 思い出さなくても良い思い出もある




ニ枚ほど天井を破った時、一際大きく揺れを感じた。
ハルから聞いていた部屋が近い。外側に向かって襖を開け続ける。
慣れ親しんだ匂いにつられるよう、最後の一枚を開け放つと、そこは遊郭なんて娯楽な場所じゃない。戦場だった。

壁が抜けた跡。天井が崩れた場所。畳に大きく穴が開いている箇所。外の柵を破って何かが飛ばされた跡。そこかしこに散らばる赤。引きずられた跡を残す、血、血、血。

「………。」

この様子では死んだか…。皐月は言い難い気持ちに襲われていた。
痛んだ畳を軋ませながら外へ出てみれば、瓦が下へ抜けていた。覗き込んでみてもすぐ下の屋根が見えるだけで様子を伺うことができなかったが、確かに血の匂いが下に続いていた。躊躇いもなく、底の見えない暗闇へ皐月は飛び降りた。

途中の屋根を経由しつつ降りていった時、視界の端に見えた光景に彼女は少し目を見張る。

ーーーあの子ら、夜兎とやり合って生きていたか。

しかし、さらにまだ下へ続く血の匂いを辿って迷いもなく降りていくと、ついに薄暗い通路へ着いた。


「何をしているんだ、君は。」

仰向けのまま倒れている阿伏兎。右肩には深々と薙刀が刺さっている。まさか死んでいるとは思わないが、皐月は試しに胸ぐらを掴んで通路を走っているパイプに起こした。

「こりゃあ吉原に太陽が昇るのも、あり得るかもしれねぇなぁ。」

質問に対する的外れな応答に、彼女は阿伏兎の胸元を足で押さえつけ、乱暴に刺さっていたものを抜いた。それに声一つあげず、表情も変えない様子を無表情で見下ろす。

「……どうする。君のとこの団長は遊んでいるぞ。このまま一旦引くのか?」

「死人に口無しだ。」

さっき喋っていただろう、と言おうとも思ったが目も開けようとしない阿伏兎に、皐月は呆れ顔で背けた。

「人間の子供に負けを認めるなんてな。昔、神威を攫ってきたと言って船に乗せた時にも思ったが、酔狂な奴だよ、君は。」

「同族さ。団長の妹さんだとよ。まったく、とんだ巡り合わせだ。」

妹?と問おうとした彼女の声は、静かに響いた呼び出し音に遮られた。

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