第2章 思い出さなくても良い思い出もある
「………阿伏兎と話をつけたらすぐに向かう。僕が行く前に、もし鉢合わせにでもなったら連絡しなさい。」
「了解です。お気をつけて。」
通信を切った後、階を登るための道を探す手間を惜しんだ皐月はこのまま天井を突き破る事を決め、番傘を構えた。そして足を踏み込み、飛び上がろうとした、その時だった。
「まだいたんだ。こんなところで何してるの?」
「……君はもう帰ったと思っていたんだがな。」
勢いを削がれた皐月は、一度傘を下げて振り返る。
「今、君に構っている暇はない。」
「あの子見なかった?」
まるで皐月の話を聞いていない神威は笑顔のまま、彼女の方へ近づいてきた。
「吉原の太陽と会うのに、手ぶらなのはどうかと思ってね。土産ついでに会わしてあげる事にしたんだ。」
どうやら例の子供はまだ生きているらしい。それにしても部下は真面目に働いていると言うのに、阿伏兎はとんでもない上司を持ったものだ、と今更ながら哀れに思う。
「知らないならいいや。じゃあね〜。」
踵を返し背を向けた神威をみて、なぜか皐月の頭には銀時の姿が浮かんだ。急がないとならない。無意識に手の力が入る。傘の柄を握りしめていると、唐突に神威が足を止めた。
「…安心してよ。アンタに興味なくなった訳じゃない。なんか忙しそうだし、」
俺のこと、全然見てくれてないし、といつもの顔で振り返ると、楽しそうにおさげを揺らしながら角を曲がっていった。
暫くその方を見ていた皐月だったが、微かに感じた揺れで我に帰り、上へ飛び上がったのだった。