第10章 人生も人間もバグだらけ
懐かしい、暖かい、優しい。
閉じた目蓋の向こう側に光を感じて、皐月は目を開いた。
「夢、なのか?」
彼女は昔そうしていた様に拝殿に傘をさして座っていた。
傘は先程焼けてしまったはず。させる訳もない。
ふと自分の身体を見れば、明らかに子供のサイズではなかった。現在の自分がそのまま昔に戻ってしまった様な状態に、皐月はついに死ぬのか、とどこか悟る。
する事もなく、ただぼーっと目の前の石段へ目を向ける。
あの時はずっとこうして三人が来るのを日々待っていたな、と思う。彼らの通う寺子屋の様子を伺いながら、どうやってあの銀髪の少年と接触しようか考えていた時、桂と出会った事も思い出した。
もう、銀時とは会えないのか。
ふとそう思った。
自分は結局、彼の事が好きだったのだろうか。
昔は、今思えば好きだったのだと思う。銀時への想いが彼女の原動力であったのは確かなのだ。
それが、攘夷戦争で松陽が死んでしまってから、おかしくなってしまった。
どうして自分はこんなにも松陽を銀時へ返そうと躍起になっていたのか。死の淵で迎えを待つ今だからこそ考える。
戦時中、銀時に会った時。
彼は自分を見ていなかった様に思う。松陽を助けよう、仲間を守ろう、と戦っていた。そんな所に、自分の居場所はなかった。
かつて、四人でいたあの暖かい自分の居場所は、どこにもなかった。
松陽が帰ってくれば、仲間を銀時のもとへ戻せば、
また、僕はあそこへ帰れるとでも、思っていたのだろうか。
また、銀時と一緒にいられるとでも、思っていたのだろうか。
烙陽へ向かう船内、銀時と会ってそれが叶わないこと痛感した。
もう皐月が帰りたかった居場所どころか、自分が追いかけていた人すらいなくなっていた。銀時は既に新しい場所に根をはり、新しい居場所を作っていた。またそこに、自分の居られる場所なんてものはない。
そんな自分に、銀時は約束してくれた。
ここから必ず引き上げてくれる、と。
初めて、誰かに希望を持った。
もつ資格がないことは承知の上だが、こんな泥に足をとられて前へ進めない状態でいるここから、彼の手で引っ張ってほしいと、願ってしまった。