第29章 日常14:はじめの一歩
着替えを済ませ、何故か増えてしまった荷物を手にリビングへと降りると、母ちゃんが朝ご飯の用意をしてくれていて、父ちゃんはお気に入りの場所で新聞を広げていた。
「父ちゃん、あのさ…」
僕が声をかけると、憮然とした表情は崩すことなく、視線だけを僕に向けた。
「僕達のこと許してくれてありがとう…」
きっと凄い親不孝なことをしてる筈なのに、父ちゃんは反対するどころか、何も言わずに許してくれた。
僕、それ後本当に嬉しかったんだ。
あ、でも、僕がHIMEとしてAVに出てたことだけは、例え口が裂けたとしても言えないけどね?
だってそんなこと言ったら…、父ちゃん今度こそ病院送りになっちゃうもん。
だから、それだけは絶対言えない。
「話はそれだけか…」
え…?
自分の気持ちだけを伝え、ダイニングに戻ろうとした僕は、一瞬足を止め、父ちゃんを振り返った。
すると父ちゃんは、新聞を畳んでテーブルに置き、
「そうか…、せいぜい翔くんに迷惑かけねぇ程度にやんだな」
それだけ言ってから、今度はチラシの束を手に取った。
きっと父ちゃんの精一杯だったんだと思う。
僕は「そうする」とだけ答えると、ダイニングでお味噌に舌鼓を打つ翔くんの隣に座った。
朝食を済ませ、玄関先で姉ちゃんに見送られた僕達は、母ちゃんの運転する車で駅へと向かった。
「お弁当、作っといたから、お腹空いたら食べなさいね?」
「わあ、ありがとう、母ちゃん大好き♡」
母ちゃんお手製のお弁当にはしゃぐ僕の隣で、翔くんが深々と頭を下げる。
「色々とありがとうございました」って。
そしたらさ、母ちゃんたらさ、翔くんの手を握って、
「こんな子だから迷惑かけると思うけど、宜しくね」って、目に涙なんか溜めちゃってさ…
別にこれきり会えなくなるわけでもないのにね?
でもそれだけ僕のことを大事に思ってくれてるってことだよね?
そう思ったら、何だか胸が熱くなるのを感じた。
『はじめの一歩』ー完ー