第28章 日常13:夢なら醒めないで…
夢を見てるんだと思った。
そうじゃなかったとしたら、彼のことばっか考え過ぎたせいで、とうとう僕の頭がおかしくなったんだ、って…
僕は自分の手がクロス張りに使うボンドで汚れていることも忘れ、何度も目を擦った。
だって、もし夢や幻なら、そのうち消えるんじゃないかって思って…
でも何度目を擦っても、僕の前からその人の姿が消えることはなくて…
それどころか、
「そんなに擦ったら、目が傷付いちゃうよ?」
って、僕の手を掴むもんだから、もうどうして良いのか分からなくて…
「あ、あの…、離し…て…」
それだけ言うのが精一杯だった。
なのにさ、
「もう触らないって約束する? そしたら離して上げても良いけど?」
なんてさ…
僕がその手を振り払えないこと知ってて…なんだよね?
ずるいよ…
「わ、分かったから…、もう触らないから、離して…?」
掴まれた手首から伝わってくる温度で、夢や幻じゃないってことは、ちゃんと分かったから…
視線も合わせることなく僕が言うと、僕の手首を掴んでいた手から徐々に力が抜け…たと思ったらまたギュッと掴まれて…
えっ…?
「あ、あの…」
戸惑いの声を上げ、ついでに顔を上げた瞬間、真剣な目で僕を見つめる視線と、今にも泣き出しそうな僕の視線とがぶつかった。
「ごめん、やっぱ無理…」
「えっ…」
「離したくない…」
何を…言ってるの?
そりゃ、僕だって出来る事ならずっとこうしていたいよ?
でもさ、ずっと嘘をついて騙して来た僕には、そんな資格なんてないもん。
それに、
「僕、まだ仕事中だから…」
雑用係で、大した役にも立ってないことは分かってるけど、父ちゃんの代理で仕事に来てるのに、途中で放り出すわけにはいかないもん。
それこそ父ちゃんに怒られちゃうよ…
僕はタオルを握っていた手で、僕の手首を掴んだ手をそっと引き剥がすと、
「ごめん…」とだけ言って、背中を向けた。