第1章 scene1:校舎
控え室として用意されたのは、スタジオセット(って程でもないけど…)が組まれた隣の教室で…
まだ子供達の活気と笑い声に満ちていた頃の名残だろうか、窓辺に置かれた落書きだらけの机の上に、大きめの鏡と小型のスポットライト、ボックスティッシュがセットされている。
長瀬さんが言った通り、簡易的な物ではあるけど、これでも無いよりはましだ。
僕は早速メイクボックスを机の上に広げると、スポットライトのスイッチを入れ、鏡に向かった。
オールインワンタイプのクリームを手に取り、魔法をかけるように肌に塗り込んでいく。
ベースが出来たらファンデーションを塗り、軽くチークを乗せたら、今度はアイメイクで目元を作って、最後にリップクリームの上からグロスを重ねる。
設定上、色は淡いピンク系で、あまり濃すぎないメイクだ。
面倒な作業だけど、美大出身(中退だけど…)の僕にとっては、絵を描くのと同じ感覚だから、キャンバスが顔に変わっただけだと思えば、そう難しいことでもない。
「後はこれを被って、と…」
メイクボックスと一緒に持ち込んだケースの中から、地毛よりも若干明るめのウィッグを取り出し、ネットで纏めた頭に被る。
でも…
「うーん…、なんかしっくり来ないんだよな…」
胸元まで真っ直ぐに伸びた髪のせい?
僕は指で両サイドの髪を少し掬うと、後頭部の少し上らへんで無造作に纏め、ゴムで括り、淡いブルーのリボンを結んだ。
うん、これならどっちの衣装になっても大丈夫かな。
鏡の中で何度か角度を変えながら、メイクの最終チェックをしていると、教室のドアがノックされ、衣装を手にした長瀬さんが大股で僕に歩み寄って来るのが鏡に映り込んだ。
「衣装、そっちに決まったんだ?」
「まあな。俺はどっちかっつーと、もう一着の方が好みだったんだけどな?」
実は僕もそうだったりする。
「ふふ、仕方ないよ、それぞれ好みもあるだろうし…」
「そうだな…。ま、取り敢えず着替えたら隣の教室に来てくれ」
僕は鏡越しに長瀬さんに向かって頷くと、長瀬さんが部屋から出て行くのを見送ってからバスローブの紐を解いた。
下着姿になった僕は、長瀬さんが置いて行ったセーラー服を身に纏い、姿見の前に立つ。
そして鏡の中の自分に向かって魔法をかけるんだ…
「僕はHIME…」と…
「scene1:校舎 」 ー完ー