第21章 日常9:耳を塞げば…
「あ、そう言えば…」
残り少なくなったカフェラテを、ストローを使わずに飲み干した翔くんが、何かを思い出したように言う。
ってゆーか、最後の一口、欲しかったな…
「ん、なぁに?」
「あん時さ、智くん何か言いかけてたじゃん?」
「あの時…?」
っていつのことだろう…?
記憶を遡ってみるけど、心当たりが多過ぎて、翔くんが言う”あの時”がいつのことだか分からない。
僕が何か言いかけた途中で、翔くんが割って入って来ること、多いから…
「隠してることがあるとかなんとか言ってなかったっけ?」
嘘…
僕、何も追求してくる気配がないから、てっきり翔くんの耳には入ってないんだとばかり思ってたけど…
しっかり聞こえてたのね?
「何なの、隠してることって」
「それはその…、実は僕…」
言いかけて僕は、辺りに視線を巡らせる。
賑やかな店内には、通勤前のサラリーマンだったり、いかにもこれからデート、なカップルだったり…、他にも沢山の人がいて…
当然、僕達の隣のテーブルにも、旦那さんの愚痴に花を咲かせる主婦さん達がいるわけで…
この状況で、”実は”HIME”の正体は僕で、僕は男の娘アイドルとして、AVに出てるんだ”なんてさ、とても言えないよ。
僕は氷が溶けて、すっかり薄くなってしまったカフェオレを、ストローを使って一気に飲み干すと、空になったカップを二つ乗せたトレーを手に、席を立った。
「今度ゆっくり話すよ」って…
翔くんは一瞬怪訝そうなお顔をしたけど、暫く考え込んだ後、
「分かった。じゃあ今度ゆっくり聞かせてくれよな?」
そう言って僕の手からトレーを奪い取り、返却口に向かってスタスタと歩いて行ってしまった。
怒ってる?
そんなこと…ないよね?
だってしょうがないじゃん?
こんな騒々しい場所で出来る程、僕にとっても、それから翔くんにとっても簡単なお話じゃないからさ…