第10章 楽園事件:1
きっかけは単なる問い合わせからだった。
埋葬業者が遺体を紛失したという遺族からの声だった。遺体を失くすなんてそんなことがなぜ起こるのだろう。
一係監視官の常守朱は新任の霜月美佳監視官と執行官を連れて業者の元を訪ねた。
遺体安置室は厳重なセキュリティーで管理され、社員のIDがないと入れないようになっていた。
だが監視カメラの映像やIDもすでに何者かによって削除されていて現場では足取りが追えなかった。ただ間違いなく関係者の中に犯人はいる。
回収した情報を分析官の唐之杜に託し、削除されたデータの修復と解析を待つ。結果が出るまでに時間はかからなかった。
「みなさん、唐之杜さんから解析結果がきました。」
執務室内の大型ディスプレイにその内容を投影し、唐之杜と内線を繋いだ。
「まず、データの修復ね、できたわよ。これを見てちょうだい。」
端末越しに聞こえる色のある声がディスプレイに動画を映し出した。社員の一人が遺体安置所に入り、やがて遺体の入った箱を持ち出している決定的な瞬間だった。
「こいつが犯人!罰当たりもいいとこね。」
霜月は訝しげにそれを見ていた。対して六合塚執行官は見慣れているかのごとくその表情を変えない。すっと伸びた背筋に後ろに結った細い髪束が流れていた。
「どこへ持って行ったんだ?」
顎に手を添えて動向を惟みるのは先日配属されたばかりの宜野座執行官。新任とはいえ元一係の監視官だ。
彼の声に動画は画面の端に追いやられマップがだされる。
「トラックで輸送されたわ。場所は扇島近辺。追えたのはそこまでよ。」
そこまで聞くと常守は席を立った。
「ありがとうございます唐之杜さん。現場に向かいます。」
「え、ちょっと!センパイ!扇島ですよ!どれだけ広いと思ってるんですか!」
「霜月さん。」
常守は霜月を宥めるように続けた。
「現場に行って分かることもあるって前に頼りになる刑事に教わった事があるの。」
「だからって効率悪すぎですよ。」
「班を分けて探しましょう。私と六合塚さん、霜月監視官は宜野座さんと。宜野座さん、フォローをお願いします。」
「分かった。」
まだ納得のいかない霜月も従う他なく一係は扇島へ向かった。足で探すのは確かに効率は悪い。だが常守も考えがないわけでは無い。死体の使いどころはある程度決まっているからだ。
