第9章 File:9
この空をもし自分の力だけで飛ぶことが出来たなら…
彼女はどこへ飛んでいくだろうか。
背後からは征陸と昏田が駆けつけてきたのが聞こえた。惨事を目の当たりにして二人とも驚いている。特に征陸はこの散った羽根だけで察しはついただろう。
「コウ、大丈夫か?」
「貴重品とか、取られてないんですか?」
この部屋にそんな大層な物はない。強いて言えば貴重品が脱走した。心を取られたかのように表情を無くしている狡噛の姿に征陸はなんと声をかけたら良いのか分からなかった。
しかし部屋にある靴跡は彼の物だし、この惨事も誰かと争ったというより大きな獣が暴れまわったようにしか見えない。
「花は根に鳥は古巣に…」
ポツリと呟く征陸の言葉が一層身に染みていく。
「全てはその根源に戻る、か。」
だがその古巣はどこだ。ここがそうなると思っていた。
「二人ともなんの話ですか?この荒らしと関係あるんですか?ていうかこの羽根は何なんですか?」
蚊帳の外の気分なのか昏田は不満そうに口を尖らせていた。
「あぁ、この羽根の持ち主が家に帰ったのだとしたら…」
「?狡噛さん、今度はペットを保護してたんですか?」
征陸は仕方ないと思いながらも頭を抱えた。いまいち掴めない昏田が現場をスキャンしようとするのを押さえて止める。監視官の自宅なのだから本人の前で許可なくするなと。
割れた窓ガラスの側で狡噛は夕焼けを眺めた。ベランダへ続くそこは高層階なだけあって風が強い。窓は大きいが二枚大破した。
「監視官、どうする?自分で処理するか?一応正式な調査要請をしてもいいとは思うがな…」
征陸の提案が頭に入ってこない。混乱が解けないでいるせいだ。今日帰ったら普通に居るものだとばかり思っていた。あるはずのものが無いというのは喪失感が大きい。
せめてメッセージだけでも残してくれればいいものを。
「いや、自分で処理する。刑事課は、人出が足りないからな。」
狡噛は一つ大きな羽根を拾った。自分の腕ほどの長さがある大きな羽根だ。彼女はどれだけ立派な翼をつけたのだろう。窓から入る冷たい風が慰めるように彼の髪を揺らした。