第9章 File:9
冷蔵庫から持ってきたミネラルウォーターを半分まで飲んでから、Tシャツに袖を通したばかりのにそれを差し出した。腹が半分出たままそれを受け取りきちんと整えるとごくごくと喉を鳴らしながら流し込んでいた。
もうほんの僅かしか残らないそれを狡噛に返して掛布に潜り込んでいく。
残りを飲み干してペットボトルを握りつぶすとベッドの横においで自分も中に潜り込んだ。汗を吸ったシーツが冷たい。背を向けて寝ようとしているに暖を求めて後ろから抱き締める。シーツは冷たいが彼女は温かい。それが眠気を誘う。
流石に一晩で回数重ねるのは疲れる。だが嫌な疲れではなかった。の背に残った小さな羽根が胸のあたりを擽るので思い出す。翼がもしあったとしてーー。
「飛べたら、俺ならどこに行くかって話…」
今でも分からない。どこへ行きたいのか。
「やっぱり俺には想像もつかない。あったとして、うまく飛べるかも分からない。」
お前は一人でどこまでも飛んで行ってしまうだろうか。
「翼で飛ぶのって難しそうですもんね。」
「実際難しいどころの話でもないけどな。」
背中の小さな羽根に触れてみるがどこからどう見ても本物の羽根だと改めて思う。表はまだ人なのに裏側は人から離れようとしている。この羽根の侵食はどうしたら止められるだろう。それが無理なら羽根がただ生え揃うだけでふわふわになって終わればいい。
「もし飛んでみたくなったら…」
背中越しの彼女の声は少し眠そうだ。腹の前で組まれた狡噛の手を上から包むように握っていた。
「その時は私が狡噛さんの翼になりますよ。」
その一言だけでも心が溢れんばかりに満たされた。
抱き締める腕に力が入る。少しだけ首を振り向かせるに体を起こして唇を落とした。今夜はよく眠れそうだ。睡眠時間はあまり残っていないが満ち足りた時間が十分な休息となった。