
第21章 理想郷を求めて

彼もまたチベット・ヒマラヤ同盟王国に向かうらしい。仲間が車で送ってくれることになった。願ってもない話だ。その言葉に甘えることにする。このスキンヘッドの男、ガルシアは争いを止めさせ、各勢力同士が協力関係を結ぶよう働くレジスタンスのような活動をしていた。彼の仲間の一人であるツェリンという男が送ってくれるという。とにかくよく喋る陽気な奴だった。車内では彼の話がラジオのように流れていた。それが段々と子守唄のように聞こえていつの間にかうたた寝までしてしまった。
何かの拍子に目を覚ました時にはすでに同盟王国に入っていた。
峠道でダルシンが強風ではためいている。途中休憩に車を停めた。そこでもツェリンの話は止まらない。だが彼の話は面白い。彼と話しているとこの過酷な暮らしを少しだけ忘れられる気がした。
が、遠くの銃声がそうはさせなかった。
「何だ?」
最初は小石の弾くような音にも聞こえた。
だが間違いなく発砲音。
音のする方を見ると難民バスが武装集団に襲われていた。二台の戦闘車両がバスを煽っている。
狡噛はツェリンに早く車を出すよう急かした。バスは慌てたように峠を下るが、運転手に銃弾が当たったのか急に真っ直ぐ走り始めた。二人の乗るSUVは先回りして素早くバスの前に出ると、狡噛は窓から上半身を出して武装集団に向かって発砲。初めは威嚇するように、それでも止めないやつには体に当てた。一台は引いたがまだ一台いる。もう一度狙いを定めた時だった。空から黒い何かが戦闘車両目掛けて落ちてきたように見えた。一瞬訳がわからなかったが羽音がするのであの鷲の仕業だと理解する。車両は横転して逆さまになった。
「なんだぁ!?あのデカいのは!!」
ツェリンがバックミラー越しに驚いていた。それは狡噛も同じだった。あの鷲が昼間にここまで近くに降りてきたことは今まで無かったからだ。戦闘車両を包む程の大きな翼だった。あの巨体に突進されたらひとたまりもないだろう。ツェリンは車を停めた。バスも停まった。項垂れる運転手の横で若い男がハンドルを握っていた。彼が代わりに運転して踏ん張ってくれたのだろう。狡噛は乗客の様子を確認し、運転手の手当をして自分がバスを守りながら街まで運転することにした。ツェリンとはそこで別れた。気の良い奴だったとつくづく思う。空を見上げるとあの鷲の姿はなかった。あれは気まぐれだったのだろうか。
