第20章 楽園事件:11
もし、翼があったならどこに行きたい?
前にもそんなことを誰かに聞いた気がする。
たしか、わからないと言われた。この街は便利でどこよりも平和で必ず幸せになれるようにシステムで管理されている。だが管理しきれない人や、誰かの幸せを脅かす疑いのかかる人もいる。それでも絶対多数の幸せを実現しているといえるのか。そもそも幸せとは何のことなのだろう。
はゆっくり目を開けた。どれくらいの時間が経っているのかはどうでもいい。目が覚めたのは何か物音に気がついたからだ。部屋の外で宜野座の呼ぶ声がする。ゆっくり起き上がって扉を開けた。
「よう。寝てたのか?」
特に許可も出していないのに部屋に入ってくる彼を不快にも思わない。思うわけがない。そもそもこの部屋も借り物だ。は黙ってソファにまた横になった。まだ少し頭が起きない。もう一度目を瞑ると頭がソファに沈んでいく。宜野座が近くに座ったからだ。温かい手がの頭に乗せられた。何かの気を送り込むように熱が伝わる。
「そうだ…」
の頬に冷たい金属が乗った。ネックレスだ。シルバーのチェーンではなく、革の紐がついている。顔の前に流れるように落ちてきたそれを拾って眺める。新品のようにピカピカだ。きっと彼が磨いたのだと分かる。
「ありがとうございます。失くしたかと…」
「化身したときにチェーンが切れたんだな。これなら首につけたままでも大丈夫だろう?」
「そうですね。」
体を起こして革紐を首にかける。デコルテで輝いていたそれは今は胸より少し下にある。これなら切れることはなさそうだ。心なしか気持ち落ち着いたような気がした。
「…」
改まって呼ぶので顔を合わせるも、彼は黙ってゆっくり瞬きするだけだった。言葉に迷っているようにも見える。
「どうしました?」
「いや…」
聞き返せば目を逸らす。同じようにも逸した。今は他のことばかり気になる。自分のこれからだ。遠くへ遠くへ飛ぶならどこへ行くか。なんのために行くのか。調べた限りでは日本以外はどこも犯罪や紛争が多く危険なところだ。それでも飛び出したとして、そこに何を見出すのか。生き方なのか、生きる意味か。全く別のものなのか。そこで得たいものは何か。考えても分からない。何があるか知らないのだから仕方がない。