第19章 楽園事件:10
小声で呟いた常守のそれは本来心に留めておくものだったが、うっかり放ってしまった。
「なにか言ったか?」
「いえ、何も。」
聞こえなかったことが幸いだ。
食事の後で常守と宜野座はに学校の件を伝えた。彼女は相変わらず表情を変えることなくただ「そうですか」と返事した。
「すみません、私達の力不足でした。せっかくいいところまで行ったのに。」
は首を横に振った。
「いえ、私、人のように振る舞ってもうまくできていないようなので…断られて当然だと思います。」
「そんなことはない!」
宜野座が声を上げるがそこから先の言葉は思いつかなかった。彼女は異質といえばそうだ。人であるのに彼女の周りを漂う空気が違うのか、他の何かなのか。
「疲れたので、休みます…」
「さん、諦めないでくださいね!」
常守が言い終わるより早く扉は閉まった。小さな溜息が放たれる。
「大丈夫か?」
より常守の方がダメージを受けているように見えた。
「私達、他にできることはありますかね。」
「何を提案しようと決めるのはあいつだ。こっちが悩んでも仕方ないさ。」
「そうなんですけど…」
「の様子は俺が見ておくから、常守は仕事に集中しろ。」
「…はい。ありがとうございます、宜野座さん。」
二人を半ば追い払うようにして扉を閉めたはというと扉越しに会話を聞いていた。どれだけ目をかけてもらっているかはよく分かっている。結果が思うように出せないことが申し訳ない。常守と宜野座が立ち去ったのを聞いてからソファに横になった。目を閉じると今日のことを思い出す。今日はたくさん飛んだ。風は心地よい。高く高く飛んで、世界が小さく見えた。狡噛はどこまで行ったのだろう。日本以外にも国はあって、いろんな言葉が存在して、肌の色が違う人間がいる。それはついこの間、宜野座に見せられた資料を読んで知った。
広い世界にいるのに、この街で選択することを選ぶべきなのか疑問に思い始めていた。