第19章 楽園事件:10
無機質でお世辞にも素敵とは言い難いキッチンもホロ一つでどんな見た目にも変えられる。鏡面仕上げの調理台に食材が無造作に転がる。
「さん、買ってきましたよ。」
「ありがとうございます。すみません、お休みなのに。」
常守は袋から買ってきた材料を全て出して内容を確認する。料理をしてみたいというの希望もあって許可を取って借りたこの場所は、常守も以前に使ったことがある。公安局の宿泊施設のキッチンだ。あの時はカレーとステーキを振る舞った。狡噛が美味しそうに食べてくれたのを思い出す。
「でも、なんで急にお料理だったんですか?」
「私、ハイパーオーツはみんな同じような味な気がして好きじゃなかったんですけど、昔狡噛さんと食べたものはとても美味しかったので、どうしてあれは美味しかったのか知りたいんです。」
「あぁ…」
その話は宜野座から聞いていた。非公開案件なのであれはハイパーオーツではなかったとは言えない。
本人が珍しく好奇心に溢れているのでそっとしてあげてほしいと宜野座に言われている。
「今日はその練習なんですね。」
「というより、研究です。」
「味の再現って結構難しいですもんね。」
は相変わらず表情を変えずに、小皿を並べている。比べる為に使うらしい。縦横綺麗に揃えるところを見ると根は几帳面なのかもしれない。じっと眺めていたようで、ふと目があった。アンバーの瞳に吸い込まれそうになる。
「どうかしました?」
「変な言い方ですけど、さん普通の女性っぽくなったなって。」
「今も普通ではないですよ。」
「知ってる人しか分からないですよ、きっと。」
小皿をニ列に五枚ずつ並べて終わると備え付け端末からレシピを出力し、その通りに調理を始める。料理研究家のように常守には見えた。どうやらソース作りのようだ。
「調味のコツは"さしすせそ"ですよ。」
「調味の順番のことですね。でも今から試すのは順番ではなくて割合です。」
どれをどのぐらい入れるとどんな味に変化するのか。それが今回彼女の決めた課題だった。しかし彼女は野菜をすりおろしたり、フルーツジュースを加えたりなどしていて、常守にとっては何故それを組み合わせる?といった疑問でいっぱいになった。出来上がった十枚の小皿はみな同じような色をしたソースが並んだ。