第18章 楽園事件:9
「HSAMか…」
「なんですか?それは。」
「非常に優れた自伝的記憶。見たものを細部まで、しかも長期で記憶する能力のことだ。ただし完全なものではないらしい。」
狡噛と出会う以前の記憶があまり確かなものではないのなら、それ以降になんらかのきっかけで目覚めたことも考えられる。記憶力が良いということは、便利かもしれないが良いことばかりでもない。嫌な記憶も残ってしまう。彼女のサイコパスは常に白いことがまだ救いかもしれない。普通の人間なら嫌な記憶を呼び起こして色相が不安定になる事もあり得る。そういう意味ではシビュラの元にいる方が彼女は安全とも言える。
「今じゃ細部の記憶は全部コンピューターがやってくれるのに、こんな能力あってもしょうがないですね。」
「世間一般の市民が十四年かけて学校で学ぶことが数時間で入るのだから、今のには良かったんじゃないのか?」
「そっか、そうですね。」
は読み終わった資料を閉じて体を上に伸ばした。と、気の抜けるような音がする。腹の虫だ。
「まさか何も食べてないのか?!」
「忘れてました。お腹すいた…」
「夕飯にしよう。何が食べたい?」
宜野座はオートサーバーの前に行ってスイッチを押すのを待っている。ボタン一つで何でもその小さな箱から出てくる。万能麦は3Dプリンタと栄養の微調整で様々な食材に変化できるようになった。
「宜野座さんはお料理しないんですか?」
「料理!?やった試しがない。それにわざわざ作るよりオートサーバーの方が栄養もバランスが取れるし時間もかからないだろ。」
そのオートサーバーからボタン一つで生成した今晩の食事をテーブルに並べて席につく。お腹が空いているのにどうも食欲を煽らないのは何故なのだろう。
米の形をした麦を口に運ぶ。これが本当に米の味なのかは分からない。そう考えると何故あのとき狡噛に連れられて行ったレストランは美味しいと感じたのだろう。
「ギノさん。」
「ん?」
「美味しい、ってどうやったら感じるんですか?」
宜野座は添えられた煮物のような野菜を一つ口に運ぶ。それを噛みながら考えた。
「そもそも、うまいと感じるのには個人で違う。俺がどんなうまいと言ってもにとっては美味しくはないと感じることだってある。」