第12章 楽園事件:3
後方では霜月が固まっている。目の前に猛獣がいるのだから仕方ない。いつ食い殺されてもおかしくない状況だ。
「阿頼耶だな。」
猛獣はシャーと威嚇した。
宜野座はドミネーターを構える、がやはり反応はしない。
ようやく思考と動作が足並みを揃えだした。役に立たないドミネーターはホルスターにしまい、スタンバトンを取り出す。また笛のような鳴き声が響いた。すると奴は耳をピクリと動かして走り去ってしまった。
「待て!」
追いかけようと駆け出すと、猛獣はもう一匹現れた黒い塊にぶつかった。常守から知らせの来ていた狼だった。唸り声、爪が肉を裂く音。もつれ合うに獣の間に割って入ることは出来なかった。あっという間に阿頼耶は狼をすり抜けてビルに爪を立てて登っていく。そして消えた。
「常守!阿頼耶がそっちの方へ逃げた。ビルの上だ。上を見ろ。」
宜野座は即連絡するが自分は向かわなかった。足がすくんでいる新人のケアをしなければならないし、ボロボロに傷ついて横たわる狼を放ってもおけない。
「霜月監視官、しっかりしろ。」
彼女の肩を揺するとへたりとその場に座り込んでしまった。
そこに追討ちをかけるようにして大きな翼が降りてきた。人の顔に戻っていたが所々は鷲のままでまさに怪物だ。おまけに衣服が破けていて、宜野座にとっては裸も同然の格好。慌てて自分のトレンチコートを被せた。
「な、なんて格好してるんだ!女の子だろう!」
そんな言葉を気にも止めずは狼の方へ行き腰をその場に屈んだ。彼の息は細い。体毛で傷がよく見えないが首元を噛まれている。
はすっと立ち上がると宜野座のすぐ前まできた。さっきの乱れた衣服から見えそうだったその中が脳裏を離れない。顔が熱で燃えそうだった。
「ギノさん。」
「なんだ!前を閉めろ!」
言われては取り敢えず腕で前を閉じた。
「リョウを治してくれませんか?」
「?」
が後ろを振り返って狼を見た。彼がリョウだということは分かった。確かに酷い状態だ。狼ではないがそれに近い犬を飼う宜野座にとっては他人事にできない様だ。
「医療用ドローンを手配する。必ず助けるから安心しろ。」
「ありがとうございます…」
は深く頭を下げた。そしてリョウと呼ばれる狼に寄り添った。