第12章 楽園事件:3
秋の冷たい風が深く被った上着のフードを揺らした。遠くの街のホログラムネオンに青白く照らされる肌。彼はもう数時間はここに立っている。廃棄区画のビルの屋上だ。このあたりのビル群で一番高い所だが、そもそも周りが低すぎる。
またふわりと風が吹いた。それに反応し、空を見上げた。闇が濃すぎてよく見えないが何か頭上にいる。否、落ちてきた。それは彼の横を通り旋回して戻ってきた。大きな鷲だった。だが頭は人で、大きな翼は少しずつ羽根が抜け落ちて人の手が現れる。
「無事か?」
男はフードの奥から声をかけた。
鷲はすっかり人間の女の姿に戻ると、手首につけたデバイスを見せて彼を通り越して行こうとする。
「監視されてる。」
「外せよ。」
「別にいい。」
「なんで?」
「…公安局に昔良くしてくれた人がいたから。」
当の本人はすでに居なかったが。彼女にとっては今でもよい思い出だった。その頃の恩を忘れたわけではない。
「男か。」
「うん、男の人。」
「いや、違くて。」
「何?」
「…もういいわ。腹減った。」
フードの男は小走りで彼女へ駆け寄り、二人はビルを降りた。