第11章 楽園事件:2
「ははっ!確かにな。」
亮一の笑い声には驚いて身体を震わせた。別に声が大きかった訳ではない。笑い声を久しぶりに聞いたからだ。
「あなた、笑うんだね。」
「あんたは顔固まっちまったのか?」
そうかもしれない。あらゆる感情をどこかに置き去りにしてきた。何も強く感じないのはある意味ストレスがない。
屈託のないといえば嘘だが彼は声を上げるだけ健常だ。それがなんとなく羨ましいとさえ思った。
「妹がね、死んじゃったの。」
亮一もこれには言葉を失った。慰めの言葉はあまり知らない。
「なんか、悪かった…。」
何がどう悪いのか、複雑に入り混じる自分の心情は整理できなかった。
「別に、悪くない。それにあんまり笑わないのはその前からだから。」
「何で笑わなくなったんだ?」
さあ、なんでだろう。亮一の顔を見ても答えは出なかった。
「俺さ、最近自分がなくなる時があるんだ。」
「自分がなくなるって、怪物に感情なんていらないじゃない。」
は自分で言ってハッとした。一体そんな考えをいつから持っていたのか。
「それ自分の考え?それとも誰かに言われた?」
今まさにそれを自分に問おうとしたところだ。だが。
「分からない…。」
考えも纏まらない。脳内が真っ白だ。思い出せることもない。いつから、何がきっかけで?考えるだけで頭痛がした。まるで拷問だ。
「ここだけの話、俺はここ最近センセイが打つ薬の副作用じゃねぇかなって思ってる。」
「副作用…」
「あれ打つとボーッとしてさ。なんか怠くて動くのも考えるのも面倒になるんだよな。」
そんなことが自分にも合った気がする。あの無気力はどこから湧いてきたのだろう。いろんな薬を打ちすぎた。
「よく気がついたね、そんなこと考えもしなかった。」
「そうだよな。俺も最近までそうだったよ。なんで考えないんだろうな。」
自分にはなぜ動物の遺伝子が入れられたのか、センセイは本当は何をしているのか。何が目的なのか。あのとき好奇心から見漁ったデータ。使い道の分からない臓器。そうだ、分からないんだ。知らないことが多すぎる。
亮一と別れた後、はセンセイの動きを観察するようになった。いつ何をしているのか、どこにいるのか。幸いセンセイの方は大人しいを見張るようなことはしない。