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【短編集】夢路【B-project】

第8章 【Bハロ】ホワイト・バーチ【愛染健十】


私が彼に背を向けて歩き出すと、若長が角で彼を乱暴に背中に乗せて歩き出した。彼は繕っていたようだが、自分で身動きとることも難しい程の重症だった。

「ぃでっ。なんだ、こいつ。」
「彼はこの森を縄張りとする鹿たちの若長です。」
「あんた、魔女って言ったな。こんな動物たちも従えてるのか…」
「従えてるのではなく、隣人なのです。一緒の森に住んでいるのですから、助け合いです。」
「ふーん……」

聞いたくせに興味のなさそうな返事をした彼は、名をケントという、吸血鬼だそうだ。
私の家まで運んでくれた若長に感謝をして、保存食として干してあったイチジクの実を少し包みに入れて渡した。彼の群れには身重の雌もいるから、貴重な栄養になるだろう。

「さ、服を脱いで。軽く清めたら、薬を塗りましょうね。」
「……」

何も言わずに言いなりになる彼の身体を治療する。吸血鬼なら、もっとはやく血が止まっても良いはずなのに、一向に止まる気配がない。わかっていた事だが、彼は食事にありつけず、空腹で回復が遅れているようだった。

「このままじゃ、貴方の命が消えてしまうわ。ケント。特別に、私の血を分けてあげるわ。」
「はぁ?魔女の血なんて、気味が悪くて飲めるか。健康に悪そうだ。」
「死にたいなら別よ。死にたくないなら、いらっしゃい。」

わたしはそう言って、自分の首に懐に隠していた果物ナイフで軽く切れ込みを入れた。
ピリッと走る痛覚、どろと血が流れ出る感覚。何度も死のうとした時に慣れてしまって、もうなんとも思わない。でも、この行為が人を驚かすのを忘れていた。吸血鬼は目を丸くして硬直していた。でもそれは一瞬だった。光を失っていた曇ったサファイアの瞳は、怪しく煌めき出し、わたしの首元目掛けて牙を向いて飛びかかってきた。

「あぁっ!」

激しい痛みはやがて命の危険を感じて発せられる脳内物質により快感へと変わった。永遠に続くような心地よい快楽に浸っていると間もなく頭の隅がぼうと白くなり始めてわたしは意識を失った。ずっとわたしが憧れ求めていた死というものに、とてつもなく似ている気がした。
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