第8章 Departure!〈栗花落 菖蒲〉
「だって僕一人じゃつまんないでしょ」
『つまんないって…別に観光行く訳じゃ無いんだから』
「そうだけどさ」
『まぁ…それはそれで太陽らしいけどね』
「そうかなぁ」
『そういう所、嫌いじゃない』
「正直に言えば良いのに…」
『う、うるさい…!』
素直になれないのなんか昔からで。プライドばかりが育ってしまった。姉さんの分、私がしっかりしないとという変な気持ちが現れて、結局言いたい事も素直に言えずに終わってしまう。
『そうだ、太陽の好きな事は?』
「え?もちろん、サッカー…あ」
『ひっかかった』
「うげっ…」
『デコピン一発ね』
「え、ちょっと菖蒲の痛そうなんだけど…!」
『問答無用…!』
「いでっ…」
『なんかスッキリするわ』
かなり溜めたデコピンを一発お見舞いしてやった。結構痛そうではあるけど気にしない。
「菖蒲はその…蹴球部で何やってるの?」
『そうだなぁ。道具を準備したり、飲み物作ったりしてるよ』
「くっ…」
『まぁ、そんな簡単には引っかからないよね』
自分から仕掛けといて同じ様な罠に引っ掛かったら、それはただの馬鹿。絶対一回も言わないで終わらせてやる。
『もう宇都宮まで来たんだ。早いね』
「ゲームしてたらあっという間だね」
『はい。デコピン』
「あっ…いでっ!」
『馬鹿だなぁ、太陽。はははっ!面白い…!』
「え、ちょっと、何処にツボってるの?」
『ははっ…くっ…ふふっ…』
狙って言わせた訳じゃないのに、勝手にポロっと言っちゃったから、ほんとに面白い。
「も〜」
『ごめんごめん』
平日の半端な時間だからか全く人は乗っていない。この車両には私達しか乗っていない様だ。
「ほら、後もう一駅だから。そろそろ笑いを止めて貰いたいんだけど」
『止まったって』
「菖蒲のツボが全然分かんないんだけど」
『良く言われる』
どうでも良い所で結構ツボったりして、家族から「大丈夫か?コイツ?」みたいな目で見られるけど、別に理解して欲しいなんて思ってないし。自分でも変な自覚あるけど。
「次は郡山〜郡山です」
『そろそろ降りる準備しないとね』
「そうだね」
『太陽、上からスーツケース取ってくれない?』
「うん、あ」
『え、何?』
「英語、言った」
『あ…』
ゆっくりと私のスーツケースを下ろした後に、デコピンの構えをした。なんだか痛そうだと反射的に目を瞑ってしまう。