第44章 Memory!〈遠坂 雪音〉
気が付いけば、真っ暗な場所にいた。周りに何も見えなくて、私は訳もなくその暗闇の中にへたり込んでしまっている。闇雲に動き回るような気力もなく、何かが来てくれないかと期待した。ずっとこんなところにいては暇で暇で死んでしまいそうだ。
「良いんですか?こんな所にいて」
聞き覚えのある声。私はこの人を知っていた。
『誰?』
「そのうち分かりますよ」
この真っ暗の中、前方からランプの様なオレンジ色の光が見えた。心許なかったが、その色味の暖かさが心地良かった。
「こんにちは」
『貴方は…』
「お久しぶりですね」
敢えてお互い「自分」の名前を言わなかった。知っているからだ。「自分」である事を。
「行きましょうか」
『どこへ?どこへ行っても真っ暗なのに』
「まだわかりません。明かりがあるかも。だってランプがあるんだもの」
目の前の人は、何故自分がランプを持っているのか、分かっているようだった。でも分からないように見せているような。もどかしい。
「貴方はどこへ行きたい?」
『私は、帰りたい…』
「どこへ?」
『どこって、言われても…』
明確な帰る場所が必要らしい。
「貴方が帰る時、必ず指標になるべきものがあるでしょう?それは何ですか?」
『臙脂色の屋根と、木枯らし荘って書いてある石柱』
「ではそれが貴方の帰りたい所?」
『今は、違う気がする…』
「ではゆっくり考えましょう。私も一緒にいますから」
『置いていかない?』
「ええ。貴方がしっかりと帰る指標を見つけるまで」
置いていくとか、置いていかないとか、どこかでそんなやり取りをした気がする。でもはっきりと思い出せない。帰る場所。帰りたい場所が絶対にある。それは分かるのに、どこに帰れば良いのかわからない。
「貴方は、迷子なのですね」
『…そうかも』
「なら、迷子は迷子センターに行かなきゃ」
『えっ』
そんなところがこんな空間にあるだなんて、知らなかった。目の前の人は私の手を引いて歩き出す。今はランプのオレンジの温かい色が頼りだった。照らしたところで何かが見えるかと言われれば、そうでもないのに。
「こっちです」
少し早い歩きでどんどん進んでいく。彼女は急いでいるみたいだった。
『何か、あるの?』
「どうして?」
『急いでいるみたいだから』
「だって、貴方も早く帰りたいでしょう?」
貴方も…?