第44章 Memory!〈遠坂 雪音〉
『安心した。じゃ、寝る』
照れ隠しと言わんばかりに窓の方を向いて目を瞑った。発車時独特の前に引っ張られる感覚がしたので間も無く離陸というわけだ。日本に着けば即入院なのが気が乗らないが致し方ない。
〈日本着〉
「…ね」
呼ぶ声が聞こえる。耳によく馴染む声だ。
「雪音!」
『ひゃいっ!』
いきなり声が大きく聞こえたものだからびっくりして飛び上がった。飛行機が動いている気配がない。という事は日本に着いたという事だ。
『び、びっくりした…』
ふにゃふにゃの滑舌で文句を言いながら目を瞬かせると、視界の端に京介の顔が見える。
「日本に着いたぞ」
『そっか、私ずっと寝てたのか…』
疲れてしまったらしく、移動中ずっと寝ていたらしい。
「立てるか」
『うん、大丈夫…』
寝ぼけた思考で取り敢えず立てば良いのは分かった。手すりに力をかけて立ち上がり、通路に出る。他の皆はあらかた降りていたみたいで残っているのは数人だった。
『あ、忘れ物の確認…』
「いや、大丈夫だ。雨宮と神童さんがやってくれるらしい」
『でも、私マネージャーだ…』
続けようと思ったのだが、咳き込んでしまった。嫌な匂いがして瞬時に口を手で押さえる。おっかなびっくり手を離すと、手は見事に真っ赤に染まっていた。
『あ、あ…』
「早く降りるぞ!」
真っ赤に染まった手が受け入れられなかった。選手たちには身体が弱い事しか説明してない。余計な心配をさせないためだ。残っていた選手たちを混乱させてしまった。
「監督!すぐ救急車を!雪音が!」
「分かった。寝かせておいてやってくれ」
「はい」
自分の意思とは関係なしに時間が過ぎ去っていくような感じだ。同時に恐ろしさを感じた。思っているよりも、自分の中身は朽ち果ててしまっていることに。
「大丈夫だ、雪音」
『だい、じょうぶ』
気持ちが悪い。口の中から味わいたくもないし、味わったこともない鉄の味がする。出る息がひゅーひゅーと心許ない。でも、生きていたかった。目の前で、今にも泣きそうで壊れてしまいそうな男1人を置いていくのは、何故か死ぬより嫌な事なのだ。
『おい…いか…い、から…ね』
力の入らない手で京介の手を精一杯握り返した。どうか、お願いだから、死にたくない。何度も願ったところでどうなるかは分からないが、それでもこの男の為に死にたくなかった。