第44章 Memory!〈遠坂 雪音〉
昔はそんなに笑わなかったけど、私が手術の件を打ち上げる前までは結構笑うようにはなっていた。これからもずっと好きな人には笑っていてほしいと思う。
『ちょっと両腕真上に上げてみてよ』
「こうか?」
『そうそう。そのままバンザイしてて』
そろりと近付いて、一気に脇の下に手を持っていってわしゃわしゃする。
「げほっ!」
『今笑いたくて咳で誤魔化したでしょ』
「気のせいだ」
『京介は脇の下は効く、と』
「そんな事は覚えなくて良い」
京介の顔をしっかりと見ると目の下には隈があった。あの京介がパフォーマンスに影響するような事あるなんてと、少しだけ自分を責めたくなった。でも、責めても何も変わらない。
『よし、じゃあ次はベッドに横になって』
頭に?マークを浮かべながらおずおずとベッドに寝転がった。私は立ち上がって洗面器とバケツにそれぞれ温水と冷水を入れる。タオルをそれぞれに浸してまずは暖かいタオルを目元に押し当てた。
「な、なんだ」
『良いから目を閉じてて。隈できてるから取ってあげる』
数分したら暖かいタオルを取り替えて冷たいタオルに変える。これを数回繰り返せば血行が良くなって隈が取れるはず。
『京介〜』
何回か変えているうちに京介は寝てしまっていた。すやすやと規則正しい寝息が聞こえてきて、相当疲れていたことが分かる。明日にはもう日本に戻ってしまうから、今日くらいはゆっくりさせてあげよう。ただでさえ本当はもっと観光できたはずなのに、私のせいで寮に居させてしまっている事、本当に凄く申し訳ないし、天馬達ともっと楽しんでほしい。でもそうしないのは、私を気遣っているからって分かっている。分かっているから自分が許せない。
血行が良くなったからか、隈も大分薄れていた。タオルを取って水を流してタオルを干す。涼しい風が部屋に流れ込んできた。ご飯を食べた後で眠くなってくるが、私は机の側の椅子に座ってペンを取った。宛先は鬼道 星羅さん。イギリス代表とのパーティで私へドレスを送ってくれた人。菖蒲には言わなかったが、あの紫のドレスには明らかに目につくところに紙が刺さっていた。短いメッセージと共に私へとはっきり書かれた紙だ。そのお礼として今こうしてペンを取ってお土産を送るつもりだ。
「はっ…!」
丁度お礼のメッセージを書き終わったところで、京介が飛び起きた。汗びっしょりになっている。