第40章 HLHI Ⅵ〈栗花落 菖蒲〉
そう言うと、鬼道コーチが少し笑った。
「妻が、お前に似て気丈に振る舞おうとする人だからな」
『惚気ですか?』
「心配しただけだ」
『ふふ、ごめんなさい。試合に集中します』
「ああ、そうしろ」
とんだ惚気を聞かされてしまったもんだ。鬼道コーチ、愛妻家として有名で、奥さんにベタ惚れらしい。この顔からは全くもって想像できない。
「始まるよ」
『うん』
遂に、キックオフのホイッスルが鳴り響いた。流石世界大会に進出しただけあって、相手もかなりの強さを持っている。
「パスで繋げ!」
進藤先輩が導いていくが上手く機能していない。妨害工作が上手すぎる。あっという間に1点取られてしまった。
『なんとかなれ…』
「こればっかりは他力本願だね」
『私に何か出来ること…』
「見守るんだよ」
『…はい』
なんかソワソワするけど、そうだよね。見守る事が私たちの仕事だし。
「神童先輩の神のタクトが…機能し始めた!」
『お願い…!頑張って…!』
やっと神のタクトの甲斐があって、剣城君で1点。
『同点…!』
「ここで前半終了か…後半が鍵だね」
『うん』
ベンチに戻ってきた皆にボトルを渡していると、太陽が奥の方へ歩いていくのが見えた。
『雪音、私ちょっとトイレ』
「はーい」
太陽、何か思い詰めてるみたいだった。
『太陽』
「菖蒲…」
『話してよ』
「ごめん、絶対に勝たなきゃいけないのに、焦って周りが見えてなかった。中盤で神童先輩のタクトが機能しなかったのは僕のせいだ」
『勘違いしないで』
「え」
『守ってほしいなんて、頼んだ覚えないんだから』
私の身が関わってるから焦ってるんだな。気持ちは痛いほど良くわかるけどね。
『どうなっても、私は絶対にイギリスになんて行かないし、ビンタでもなんでもして追っ払うから。私の事気にする前に自分の心配をして』
「菖蒲…」
『ほら、早く行きなよ。後半始まるから』
「ありがとう!行ってくる!」
尻を引っ叩いたらあとはもう私のやる事はない。皆を信じるだけ。
『ただいま』
「おかえり。もう始まるよ」
『うん』
後半開始のホイッスルが鳴ると同時に、太陽が活き活きし始めた。イギリス代表が押されていき、日本がもう1点決める。
『やった!』
そして最後に太陽が持ち込みそのままサンシャインストームでダメ押しの1点。
『太陽…!』