第36章 HLHI Ⅱ〈遠坂 雪音〉
『どういたしまして』
京介からちゃんとありがとうって言われるのは珍しいなと思いつつ何も言わなかった。此処で茶化すと次いつ言ってもらえるかわからないし。
『さて、もうそろそろ朝食の時間かな。私顔洗うついでにお手伝いしてくる。その間に着替えてて。朝ご飯できたら呼ぶから』
「分かった」
タオルを持って洗面所へ行き、顔を洗ったらタオルを洗濯籠に突っ込んでキッチンへ向かった。今日の朝は目玉焼きとトーストかな。
『秋さん、おはようございます』
「おはよう雪音ちゃん。剣城君は?」
『さっき起きて、上で着替えてます』
「そう。大分疲れてたのね」
『そうみたいですね。彼は無口だから、周りが気付いてあげないと』
「剣城君の事、大好きなのね」
『え』
なんでいきなりそういう話に…?今の話でそんなに惚気てしまっただろうか。
「顔で分かるわ。さて、雪音ちゃんはトースト焼いてくれる?」
『はい。任せてください』
と言っても食パンをトースターに入れるだけなんだけど。
「雪音ちゃん」
『はい?』
「大事な事は、お互いに声に出して理解していかないとダメよ」
『それは、どういう…?』
「雪音ちゃんを大切に思っている人たちにとっては、貴方が隠そうとする事で傷付く人もいるの。気を付けてね」
今の自分をすっかり見透かされている様な心地だ。女の感は鋭い。だから気付いたのだとしたら大分凄すぎる。
『秋さんは…なんでも分かっちゃうんですね』
「なんとなく分かるだけよ」
知らされない方が辛い、か。その気持ちはとてもよく分かる。私が知らさない事で相手を傷付ける事になるとは思ってなかった。
『そっか。そうですね』
「ええ。雪音ちゃんが今を後悔のない様に生きてね」
後悔がないように、か。半年後に生きているかどうかも分からない。でも、後悔はない様にっていうのは刻みつけなければいけない。残り短い命かもしれないのなら、今を謳歌しなくては。
『はい。勿論』
「ふふ、暗い話になっちゃったわね。天馬を起こして剣城君も呼んできてくれる?」
『はい』
できたパンを皿に置いて、また新しくトースターにパンを入れた。あとはもう一度音が鳴るのを待ちつつ、2人を呼びにいく。
『天馬〜!朝ご飯できたよ!』
「えぇ…葵…?」
『葵ちゃんじゃないってば。私は雪音。朝ご飯!』
「うわぁあああ!雪音かぁ…」